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11/11/2009

哀悼の意とスリラー - モモ


悪い知らせと、父の死、イルカの死



死んだものは、二度と生き返らない。哀悼の意を表明するしかない - 人

もしも、生き返ったら、それはゾンビーである。生きる屍である - ホラー映画


ナポレオンの亡霊や、日本軍の亡霊に取り憑かれている鬼などは、まさしく生きる屍、ゾンビーの類である - スリラー by マイケル・フランケンシュタイン

マイケル・ジャクソンは、黒いピーターパンだった。魑魅魍魎に取り憑かれないように、白いフランケンシュタインのマスクを付けた - ネバーランドのマイケル



///父の死
私がかがみこんで、噴気孔に沿って指で軽くたたくと、ホーリーはためらいがちに向きを変えて私を見上げて、

「ブブブ」

と夢中になって返事する。

その音は浜辺に響き渡る。ホーリーはこのゲームを覚えていて、私のことも覚えていた。

ホーリーが歓迎してくれたので、私は嬉しくなって、重い気分が晴れた。

一か月前、父が突然亡くなった。アンドリューと私は、東南アジアを旅行して、パースに戻ったばかりだった。モンキー・マイアへ戻ろうとしたそのとき、電話が鳴った。母の声は震えていて、私は何か悪いことが起きたと直感した。

「レイチェル、悪い知らせよ・・・」

と、母は何度かすすり泣いて、友人に受話器を託した。

その友人は父が亡くなったと告げた。私は電話を切って受話器を戻し、メイン家のリビングの床にくずれ落ちた。父はまだ六十二歳で健康そうだったし、少なくとも、私にとっては無敵の強い男だった。父は社交的でもなく、話好きでもなかったが、父の行いは私の手本だったし、私は父を尊敬していた。まさか、その父が亡くなったとは信じられなかった。

母には私が必要だった。翌朝、私は悲しみに包まれ、故郷のロングアイランド行きの飛行機に信じられない気持ちで乗った。父が腰掛けていた、リビングルームのテーブルの席にはだれもいなかった。かごに入った洗濯物や、机上のコーヒーカップなどの父の持ち物は、そのままにしてあった。ほんとうに、父は亡くなったのだ。

葬儀の朝、私は母を慰めながら散歩した。サンウッドという古い屋敷がロングアイランド・サウンドの浜辺にあって、私たちはその辺りをぶらついた。サンウッドは家からまっすぐに道を下ったところにあって、私は子ども時代にはよく行っていた。浜辺で遊んだり泳いだりして、草におおわれた庭をぶらついたりもした。屋敷で催される大学のイベントに参加して、砂地で馬にも乗った。母と私は悲しみに包まれたまま、シャクナゲの植え込みに沿って浜へ降りた。波が静かに岩場に打ち寄せていて、カモメが岩についている貝をつついていた。アヒルが海辺で鳴き声をあげていた。

父は子ども時代から、熱心にバード・ウオッチをしていた。父は生物学の教育を受けていて、環境保護活動家でもあり、人生の大半を自然と共に過ごして、自然を守るために戦った。一九六〇年代初期、友人数名と共同で、環境保護基金を設立したが、今や、この基金は、世界でもっとも大きな環境保護団体のひとつになった。父の血筋はユダヤで、母はカトリックだ。ふたりの婚姻は両家に摩擦を引き起こしたが、ふたりは宗教の違いを乗り越えて、自然を信仰するようになった。子どものころ、私と兄弟は特定の宗教を強制されずに、むしろ

「生命が織りなす偉大さ」

を理解して、感謝するように教えられた。

自然界から教えられることは、私にとってキリスト教や、ユダヤ教に関する本などを読むよりも分かりやすかったし、私は宗教的なものを心の底から受け入れることもできなかった。だが、エコシステムを作り上げる関連性は目で見えた。しかし、ゴッドが天地創造したことを受け入れられなかった(ゴッドのあばら骨から特別に作った創造物が人であり、その結果が人類であることも受け入れられなかった)。自分の目で見たことや、人生について知ったことや、常識などが、さまざまな物事とつながっていることを理解した。

父は死んだが、父の肉体が偉大な生命の鎖を循環する有機物になることを知っていた。父の肉体はバクテリア、菌、木、クジラ、鳥などに受け継がれて、偉大で不可思議なガイア(地球生命体)の一部として存在し続けるだろう。母とサンウッドの浜辺を歩きながら、父の魂が木々、空気、海、アヒル、私たち自身、カモメ、貝、砂、風などの一部となって、私たちの周りを漂っていると感じた。悲しみが立ち昇って消えていくにつれて、私たちはそんな気持ちになった。弔問者のいる葬儀場へ戻ったときに、私たちは自身を超えて、人生をも超えた大きな中(ガイア)の一部なのだと感じて、慰められて、元気を取り戻した。

私は母に会って数週間を過ごし、母が父のいない生活に慣れた後で、オーストラリアへ戻った。オーストラリアへ発つ直前に、子ども時代に母と過ごした家を振り返って見ると、私は哀しかったが、楽観的でもあった。私には、子ども時代からの記憶が鮮明に残っているが、私にとって、浜辺はもはやサンウッドではなく、地球の反対側にあるモンキー・マイアになった。大事なのは昔のアヒルではなくて、モンキー・マイアにいる銀色のカモメ、白黒のペリカン、色とりどりの鵜、ブブブと噴気孔から音を出すホーリーになった。

父は私がモンキー・マイアに心を向けることを誇りにしていた。私がモンキー・マイアへ戻ることを父が喜んでいるのは分かっていたが、モンキー・マイアでの体験を、父と分かち合えないのは悲しかった。しかし、私はさらに意欲がわいて気合も入った。アンドリューがモンキー・マイアに来てひと月が過ぎていたが、アンドリューはすでにキャンプを設営していて、ボートも使っていた。イルカの赤ん坊が生まれていて、身ごもっているメスも何頭かいた。モンキー・マイアでは日常の事だ。

ホーリーは私たちが不在の間にすっかり成長していて、観光客も以前より増えていた。ホーリーは人と遊ぶのがとても楽しいように見えた。人の手が届かないところに待機して、冷やかすように突進しては、人の腕に身をまかせ、海草の破片で、ギブ・アンド・テイクのゲームをしていた。

パックとホーリーは、新しいゲームも考案していた。半分くらい解凍したエサは悪臭が漂ってネバネバしていたが、イルカたちはそのエサを愛想よく受け取り、六匹から八匹を飲み込まずにほうばった。人に近寄って来て、魚やウロコや、内臓の塊を吐き出し、人がそれらを拾い上げて差し出すのをがまん強く待った。ギブ・アンド・テイクのバリエーションだ。

パックとホーリーは、このゲームを通して、熱狂をやり取りしていた。片方が始めると、もう片方がそれに続いた。目の片隅から互いを見ながら、魚の尻尾を歯の隙間から飛び出させて泳ぎ回った。相手に魚の塊を取られないように用心していた。


///イルカの死
シャーク湾はアメリカからもっとも遠い地域のひとつで、浜は比較的すいていて、空気や水はきれいだ。シャーク湾でさえ、汚染の警鐘が鳴り始めた。一九八九年二月、アメリカに一時的帰国しているとき、モンキー・マイアのリチャードから電話が来た。リチャードが「悪い知らせがある」と言ったとき、声のトーンから、イルカが死んだと私は感じた。

「何かあったの」

と私は尋ねた。

「スナッブノーズとビビとシックルフィンが死んだようだ」

「どういうことなの。死んだって」

「ここ一週間くらい、モンキー・マイアでも沖でも見あたらない。死んだ可能性がある。さもなければ、浅瀬に来るはずだ」

オスのイルカが三頭も死んだ。私は愕然として受話器を置いた。このオスたちから、いろいろなことを学んだので、彼らがモンキー・マイアから消えたことは、想像すらできなかった。

一日かそこらして、リチャードから電話がきたが、そのときのショックは、さらに大きかった。

「レイチェル、ホーリーも死んだよ・・・ニッパーも(ニッキーの最初の子)」

と声が重苦しく震えた。

大人のオスであれば、しばらくどこかへ行っているだけで、戻ってくる希望は持てる。でも、ホーリーや幼子はたぶんダメだろう。小さすぎるので、自力では戻れない。私たちのイルカは死につつあった。

ホーリーの死はもっとも受け入れがたかった。ホーリーと私は長い間楽しい時間を共にした。ホーリーの小さな魂は活き活きと輝いていたので、私はホーリーの死を受け入れられなかった。ホーリーはまだ若くて、これから興味にあふれた長い生涯を送るはずだったのに、その成長を見届けられなかった。ホーリーが子を設けて母になり、年老いていく生涯を見届けられなかった。ホーリーと海草ゲームをしたり泳いだりすることは、もう二度とできない。

イルカたちの死因は汚染だった。その年は、環境が急激に悪化した。その前年、急増する観光客用のトイレが新設された。満潮の水準線から高さ六十センチ程度の場所に、汚水処理槽が設置された。トイレがひんぱんに使用されて、汚水が処理槽から湾内へ流れ込んだ。水質試験の結果、海岸付近は高レベルでバクテリアに汚染されていた。イルカの死は汚染と無関係だという説もあったが、実際は、死と汚染は無関係ではなかった。イルカ好きたちの排泄物が、文字通りイルカを毒したのは悲しいアイロニーだ。ウイルフとヘイゼルのキャンプが最新のリゾートに変わって、イルカは死んだ。餌づけ場所を規制するように、ウイルフとヘイゼルと激しく争ったし、イルカの健康のために、重要な規制も行なうように戦い続けた。私はモンキー・マイアの開発には初めから恐れを抱いていた。イルカは観光の呼び物なので、新しい管理体制にはイルカの保護策が取り入れられた。イルカが健康状態を保って元気な姿で、モンキー・マイアにやってくることに、人びとは大きな関心を寄せていた。

私たちはさまざまな提案をした。エサ、エサの与え方、イルカとの接触の仕方、沿岸でのボートの速度規制、海へ流出する農薬、化学肥料の制限、継続的な水質検査、ジェットスキーやセールボードなどのレンタル機器の制限などだ。セールボードは強風下では時速百キロを超えて、音もあまり出ないために、休んでいるイルカや、幼いイルカがたびたび衝突する。他の地域でも、イルカとセールボードが混在しているために衝突している。

私たちは長年かけて、モンキー・マイアの子の致死率に関するデータを蓄積した。モンキー・マイアに来ないイルカに比べると、モンキー・マイアのイルカは致死率がかなり高いことが判明した。モンキー・マイアの子は、野生の行動を身につけていないので憂慮された。母と時間の大半を過ごして、人からエサをもらうだけで、野生の中で自力でエサを捕らない。

私がモンキー・マイアで自由気ままに過ごした日々が過ぎ去って久しい。今や、観光地とイルカは「管理された資源」になった。モンキー・マイアはイルカを見て、イルカにエサを与えて触り、イルカの写真を撮るための観光地になってしまった。フルタイムの従業員が、観光客を管理して通訳して質問に答える。

私はこの変化はある意味で悲しかったが、逆に多くの人がイルカに関心を持つので励ましにもなった。イルカへの興味が高まって、シャーク湾へ人が流れ込み、人びとはイルカの保護に大きな関心を寄せるようになった。

私は長年にわたり断続的にイルカと会っていたが、会うのは当然だと考えていた。たくさんの観光客が海に入って、イルカと触れ合ったが、私は一歩下がって、時々感動的な光景を目にした。初めてホーリフィンと触れ合ったことを思い出す。手に伝わるホーリフィンの温もりは衝撃だった。夫が目の見えない年老いた妻の手を引いて海に入り、妻がパックのわき腹に触って、浮かべる喜びの表情を見ることこそが私の夢だ。人びとがイルカを学び、人びとの心に、イルカに対する興味や関心の火を灯すには、どうすれば良いのだろうか。

私は野生のイルカとの触れ合いは、素晴らしいと確信している。プールで飼育されたイルカは、訓練されていて、お決まりの行動を取る。だが、それはイルカの率直な気持ちではないだろう。モンキー・マイアでは、人が海に入って、イルカの本来の住みかとの中間点で、イルカと触れ合える。イルカの人なつっこい表情にも出会うが、同時にイルカはよそよそしくもある。これはイルカの野生を物語っていて、単に人を喜ばせる以上に、興味深い生きざまを見せる。だが、イルカの生きざまは、ほとんどの場合は人の都合に左右されない。

私は今、本書を書きながら、世界の指導者たちに海を保護するように促す

「イヤー・オブ・ザ・オーシャン」
を祝っている。

科学者や、政策立案者や、市民など数百名が署名し請願して、イヤー・オブ・ザ・オーシャンを開始した。私たちの惑星の心臓と肺である海が、死につつあることを示す厳粛で不吉な文書だ。イルカは絶滅しつつある生き物のひとつでしかない。

私たちは、自分が認識できることだけに気を使いがちだ。しかし、私は以下のように望む。モンキー・マイアのイルカは、生きざまや個性を人と分かち合い、人と触れ合ってきた。イルカは、魚類やマナティーなどの近親の動物の保護にまで影響を及ぼしている。私たちが海を救う行動を起こさなければ、さんご礁、タイなどの魚類、マナティー、エイ、人類の健全な未来のために、今、生きているニッキー、パック、サプライズとその子どもたちが、私たちに海を救う気持ちを抱かせるはずだ。人と触れ合うモンキー・マイアの伝統に従って。

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The Definition Of Art Harbour Blog



The Definition Of Art Harbour


Virtual International Trade Harbours Of Art


Opening Anniversary Date: December 1, 2006

Language: Multi Language


Each harbour can export the works toward the virtual world.

People and organization can import the works from all over the world.


Now,Item: Works on Art Activities that are expressed with Photos and Explanations etc.

Export Method: Each Harbour put the Works onto this blog

Import Method: People and Organizations accsess this blog

Order Method: People and Organizations put some comments about the Works onto this blog.


In the future, we will need transportation including trains,airplanes,ships, cars, buses etc.

in order to export and import people, goods etc. ?


Art Harbour


アート・ハーバーとは


アートのバーチャル国際貿易港


開港記念日:2006年12月1日

言語:マルチ言語


各港は、バーチャルな世界へ向けて、作品を輸出できる

人や組織などは、バーチャルな世界から、作品を輸入できる


現時点輸出品目: アートに関する活動などを「写真と文などで表現した作品」

輸出方法: 各港で作品をこのブログに書き込むことで、輸出したものとみなす

輸入方法: 人や組織が作品をこのブログで参照することで、輸入したものとみなす

注文方法: 感想などをコメントに入れることで、注文したものとみなす


将来、、、列車、飛行機、船、車、バスなどを利用して、リアルな人や物が輸出入できる?


アート・ハーバー

Multi Language

現時点では?


ブログは日本語ベース


Google Translatorで、各国語へ、変換




そして、現場で、リアルなコミュニケーションは?


英語ベースで、現地語がお愛想・・・


こんな感じかな?


Aoyagi YoSuKe

Art HarbOur


The Gaiaと各ハブは?


英語がベースで、Google Translatorで、各国語へ・・・

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Each may insist on Copyright or discard Copyright independently.


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must independently have the resposibility on the posted works.

Art Harbour Shimokitazawa


コピーライト:

各アート・ハーバーのマネージャーまたはメンバーは

各々でコピーライトの取り扱いをしなければならない。

コピーライトを主張するか破棄するかは各々に任される。


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各々が投稿した作品に関して責任を持たなければならない。


アート・ハーバー 下北沢


Posting Rule - 掲載ルール




Introducing People, Works, Shops etc. related to Art Harbour as a spot ad.


As a general rule, the details such as map, price should be in the Official Sites related to the ad.

Each ad may contain the Official Sites' URL related to the ad.


Restriction: The Number of Photos is within 6(basically 3). about 640x480 pixel


Ad Size: Within about 2 standard printing papers.


Example: Spot ad. , Flyer, Live Report, Poem, Short Story, Illustraltion, Photo, Paintings etc.


Art Harbour Shimokitazawa



アート・ハーバーに関連した人、作品、店などをスポット広告として紹介する。


原則として、地図や価格などの詳細は広告に関連したオフィシャル・サイトに掲載する。


各広告には関連オフィシャル・サイトのURLを掲載しても良い。


制限:写真など6枚以内(基本は3枚) 1枚に付き640×480ピクセル程度


サイズ:標準プリント用紙(A4)約2枚以内


例:スポット広告、フライヤー、ライブの報告、詩、イラスト、絵など



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