9/12/2008

ヴェネチア映画祭

Recalled on 0901.08.

ヴェネチア映画祭 コンペ部門

三人三様、それぞれに特徴があり面白い

押井守 「スカイ・クロラ」 マルチタレント

宮崎駿 「ポニョ」 職人派

北野武 「アキレスと亀」 ハングリー派

結果や如何に?

Aoyagi YoSuKe

P.S. Tonigh's estimation (on 0911.08)

ヴェネチア映画祭の情報がまったく届かなかった。上記の僕の分類で、結果は自ずと明らか。ただし、日本の三人の映画監督の作品の評価だけです。他国の作品は知りません。

マルチタレント -> アメリカン・ゲーム

職人派 -> ヨーロピアン・ギルド

ハングリー派 -> ロシアン・ルーレット

みなさん、意味が分かりますよね? 僕のところには、まったく情報が届きませんでした・・・

情報封鎖をされたのかな? どうでもいいけど・・・

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賞は逃したのか・・・

でも、「商業性と芸術性」、これは永遠のテーマ?

ゴッホは生前は、1枚しか売れなかった。今や、「ひまわり」は、50数億円・・・

新宿で見たことがありますが・・・ 本物だったという気がするが・・・ 奥の部屋にあった・・・ びっくりした~~~

---Asahi.com

 イタリアの第65回ベネチア映画祭が6日夜、11日間の会期を終えた。日本からは北野武監督、宮崎駿監督といった大物が参加したが、今年のプログラムには新進気鋭への強い期待が見られた。芸術性の高い映画に目配りし、娯楽性の豊かな作品も重視。それは、名と実、伝統と変革の間で揺れる映画祭の象徴のようだった。(宮崎陽介)

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 〈小さなポニョが欧州とアジア、世界をつないだ――〉。イタリア主要2紙「コリエレ・デラ・セラ」「レプブリカ」は、そろって「ポニョ」を称賛。「生まれてくる子供たちを祝福したい」という監督の柔らかなメッセージに、環境破壊や戦争への抗議などを読み取り、「私たち共通の問題だ」と書いた。

 審査員長のヴィム・ヴェンダース監督は6日の閉幕後に会見し、「みんなポニョが大好きだ。ポニョの歌も心に残っている。だが賞の数が足りなかった」と述べた。映画祭の総監督マルコ・ミュラーも「ベネチアに招くのは世界初公開作が原則。それを曲げても宮崎監督は呼びたかった」と話していた。

 一方の「スカイ・クロラ」は微妙な波紋も広げた。平和な時代に、思春期のまま年をとらない子供たちが、生きる実感を得るために戦う物語。日本では、アニメならではの虚構と見るだろうが、ロシア―グルジア間の戦いも起きた欧州ではリアルに映る。押井監督に「生の実感のために戦うのは矛盾。危険な声明ではないか」と問う人もいた。

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 カナダのトロント映画祭が、3大映画祭の一角というベネチアの立場を脅かしていることは、すでに述べた。両者は会期が重なる。「トロントの側に競争心があるだけ。こちらの威信は揺るがない」。ベネチア映画祭総監督のマルコ・ミュラーは言うのだが。

 映画祭はたいてい、マーケットを併設する。映画祭が公式に集めた秀作群とは別に、様々な映画の商談が進む。製作を持ちかける話があり、ある国の映画を別の国が買い付ける話もある。トロントはこれに積極的だが、超然と芸術の重視をうたうベネチアのマーケットは、ごく小さい。

 今年は、07年の晩秋から米国の脚本家の組合がストをした影響で、米国映画は次々完成が遅れた。米映画誌バラエティは報じた。少ない作品を求めて、〈トロントが攻勢に出て、ベネチアに世界初公開作を渡さぬようにしている〉と。

 そんな中、例えば、ベネチアの金獅子賞(最高賞)を獲得したダーレン・アロノフスキー監督「レスラー」と、ベテラン監督ジョナサン・デミの「レイチェルの結婚」という2本の米国映画は、ベネチアがトロントに先んじて世界初公開した。「トロントの前にベネチアで初公開したい。そういう申し出が約30本あった」とミュラーは誇らしげだ。

 ベネチアの地元紙の映画担当、ミケーレ・ゴッタルディ記者は「トロントは商業性の強い映画祭。ベネチアは、今後も映画を芸術として大事にしてほしい」と言う。ただ、イタリアの大手紙レプブリカはベネチアの開催中、こんな記事を載せた。ベネチアは商業性より作品本位だからこそ、誤った作品選びを2度続けると危険だ――。

 ベネチアの強みは、イタリア映画に豊かな伝統があり、ちょうど今も勢いがあることだ。今年のフランス・カンヌ映画祭では二席のグランプリと審査員賞。ベネチアは勢いを本物にしたいと考えてか、今回のコンペティションの約5分の1を母国の映画に割いた。また、フェリーニ、ロッセリーニ、アントニオーニや、喜劇の名匠ディーノ・リージの記録映画を用意。大いなる遺産をアピールした。

 イタリア映画を語る批評家らの討論会も開催。仏映画誌ポジティフのミシェル・シマンは「50~70年代、イタリア映画は欧州で最も大事な存在だった。その時代に新発見を求める試みはすばらしい」と述べた。

 過去に学び、勇気をもって新星を評価する。ベネチアの活路はそこだろう。アロノフスキーを、2年前のベネチアは酷評した。今回、再起の場を与えられた彼は、最高賞作品で恩返しした。ミュラーには「マイ・フェスティバル・イズ・ベニス」と語ったそうだ。(ベネチア=宮崎陽介/おわり)

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