1/23/2009

バレンタインデー、飛び梅

かの国では、セント・バレンタイン チョコレート

(出典)

http://www.sioji.com/archives/691407.html


バレンタインといえばチョコレートです♪

もともと、269年にローマ皇帝の迫害によって殉教した聖ウァレンティヌス(バレンタイン)に由来する記念日だったようです。

ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれています。

キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は秘密に兵士を結婚させたが、捕らえられ処刑されたそうです。その日が2月14日だったのです。

このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったといわれています。

そしてバレンタインデーは2月14日に祝われ、世界各地で男女の愛の誓いの日とされています。

ヨーロッパなどでは男性も女性も花やケーキ、カードなど様々な贈り物を恋人に贈る日です。

女性がチョコレートを送る習慣は日本で始まったもので、チョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されているそうです。すごいですね~。

現在では「義理チョコ」や女性同士がチョコレートを送る「友チョコ」、
また男性が女性にチョコレートを贈る「逆チョコ」や女性が自身へのご褒美として「マイチョコ」を購入するという風習もあり、チョコレートの人気はますます上がっていくようです。


日本では、梅の季節、天神さま、飛び梅、梅が枝餅

【飛梅】とびうめ

①菅原道真が大宰府に左遷されて家を出る時

「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花
      あるじなしとて春な忘れそ」

と詠んだ梅の木が道真の配所筑紫まで飛んでその庭に生え匂ったという故事。

②安楽寺(太宰府天満宮)の庭にある、①の伝説に基づく梅の木


花の魁・・・ 梅

うちのおふくろは、梅干しばあさん、梅干しを漬けるのがお得意・・・


【魁】さきがけ

① 衆に先立って敵中に攻め入ること。

② 物事のはじめとなること。特に、同類の中で先になること。

「春の魁」「女性議員の魁」



女性自立の魁は?


平塚らいてう? 津田梅子? 細川ガラシャ夫人?

【平塚らいてう】ひらつか雷鳥
女性解放運動家。本名、明(はる)。号、らいてう。東京生まれ。日本女子大卒。雑誌「青鞜」創刊。「新しい女」と名乗り、女性解放・婦人参政運動に尽力。自伝「元始、女性は太陽であった」(1886~1971)

【津田梅子】つだうめこ
教育家。江戸生まれ。1871年(明治4)日本で最初の女子留学生として渡米。帰国後、華族女学校・女高師教授を歴任。女子英学塾を開き女子の専門教育に尽力。(1864~1929)

【細川ガラシア】ほそかわガラシア
(ガラシアはラテン語のGratiaの訛)細川忠興の妻。明智光秀の女(むすめ)。キリシタン信者。関ヶ原の戦いで石田三成挙兵に際し、人質として大阪城に入るのを拒んで自殺。(1563~1600)



「梅干しばあさんの夢は?」 狭き門

自己犠牲に対する批判


天神さまは、都から、筑紫へ流された・・・

僕は、筑紫から、上京した・・・


だから、天神さまのお守りを持っている。

「学業お守り」「開運お守り」


次にお参りに行くときは?

「健康長寿お守り」をもらうかな?

これは、昨年亡くなったオヤジの病床の枕もとに置いた。


オヤジは、天神さまのお守りを持って、三途の川を渡り、極楽浄土へ往生した。

神仏習合の極楽旅行である・・・



---Wikipedia

アンドレ・ポール・ギヨーム・ジッド(André Paul Guillaume Gide,1869年11月22日 - 1951年2月19日)は、フランスの小説家。アンドレ・ジイド、アンドレ・ジードとも表記される。

1869年パリ生まれ。ソルボンヌ大学中退。オックスフォード大学名誉博士。父親はパリ大学法学部教授をつとめた。小説などの著作により、既成キリスト教的道徳・倫理からの解放を訴えた。欧州の広範囲に渡って文学的影響を与えた。その著作は死後、ローマ教皇庁により、禁書に認定された。政治的には当初は共産主義的であったが、1936年にソ連を訪問してからは反共に転じ、『ソヴィエト紀行』でスターリン体制を痛烈に批判、その後は反ナチ・反ファシズムを貫いた。戦前は、反戦・反ファシスム世界青年会議名誉議長を務めた。
文壇誌 新フランス評論(NRF)創刊者の一人。

小説には、生涯の妻であった従姉・マドレーヌの影響が強く、『背徳者』、『狭き門』などに彼女の影を持った女性キャラクターが登場している。しかしながら、マドレーヌのことを愛しながらも20年以上も性交渉をもたず、マルク・アレグレとの同性愛関係により結婚生活は破綻をきたしていたと言われる。このアレグレとの関係は、ジッドの自伝『日記』に詳しく書かれている。また、彼にはエリザベート・ヴァン・リセルベルグという愛人も存在しており、一女をもうけている。

1938年、マドレーヌが亡くなると深い孤独感に陥り、『今や彼女は汝の中にあり』を書く。
1945年にゲーテ勲章授与。1947年にノーベル文学賞受賞。
1951年パリで没。

日本では、和気津次郎による紹介を皮きりに、堀口大學、山内義雄などの手によって知られるようになった。小説家・石川淳による批評文もあり、石川はジッドの小説を翻訳してもいる。また、ジッドの著作は当時の文人たちに多大な影響を与えた。例えば横光利一の純粋小説論はジッドの『贋金つくり』が影響していると言われている。

『狭き門』(せまきもん、原題:La Porte étroite、1909年)は、フランスのノーベル文学賞受賞者アンドレ・ジッドによる小説である。

題名の「狭き門」は、新約聖書のマタイ福音書第7章第13節にあらわれる、
狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし。
というイエス・キリストの言葉に由来する。

現在では、競争が激しく突破することが非常に困難なもの(所)という意味でよく使われている。

物語の語り手であり主人公でもあるジェロームは、2歳年上の従姉であるアリサに恋心を抱く。アリサもまたジェロームを愛しているが、周囲の人々も両者が結ばれることに好意的であるにもかかわらず、結婚をためらう。神の国に憧れを持つ彼女は、最終的に地上での幸福を放棄し、ジェロームとの結婚をあきらめ、ついには命を落とす。

この作品において、アリサの自己犠牲の精神は美しく描かれている。しかしジッドはこの作品を通して、アリサのような自己犠牲に対する批判を行った。



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