1.被害者は、元には戻らない。
2.加害者の責任の半分は社会にある。
人は社会的な動物である。社会が半分の責任を負うべきである。
ジャングルに紛れ込んだ少女は、獣のようになっていたという事実がある。
社会環境が人に影響を及ぼすことは明らかである。
3.法の限界
最高刑の死刑をもっても、確信犯の犯罪は防げない。
死刑になることを前提にして、確信犯が大量殺人を行った場合には、法は無力である。
社会が法の欠点を補わなければならない。それは、社会が人を監視することではなくて、
犯罪が発生しないような社会にすることこそ大義である。
いくら監視を強化しても、犯罪者は監視の目を逃れて、犯行に及ぶ。
よって、監視よりも、犯罪の欲求が起きないような健全な社会を作ることを目指すべきである。
監視の強化は人権侵害の恐れも大いにある。
ナチスのゲッペルスが用いた監視と密告を前提にした恐怖政治に陥る。
今、まさに、日本はゲッペルスウイルスに汚染されている。
そして、ほとんどの国民は、ブロイラー化した。そして、監視体制を敷くイヌころ・・・
監視の総本山、警視庁、公安、自衛隊などは、間違いなく憲法違反を犯している。
法を持って、社会の秩序を守るべき権力サイドが、掟破りの監視、スパイ行為、密告制度などを行うことこそ、本末転倒の恐怖政治。
違法を取り締まる側が、法を犯している。
茶番である。下品な国である。ゲッペルスウイルス症候群のイヌころたち・・・
何が国家の品格だよ!
時代錯誤の下品な後退国、それが、衆愚の国、大和だ~~~
ばか丸出し~~~
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