5/28/2009

ハルマゲドンの戦い? - シマ争い

中島梓(56)死去

グインサーガ、昔、途中まで読みました・・・


合掌


「売れっ子、早死にの法則」?

「太く短い人生、細く長い人生」 - いにしえの経験則?


池田晶子

2007年2月23日、腎臓ガンのため46歳の若さで逝去。


出た~~~、1987年

『最後からひとりめの読者による埴谷雄高論』(1987年河出書房)を上梓するも、かつて全共闘闘士であった担当編集者と喧嘩をし、自ら同書を絶版にする。言葉と精神の仕事のはずの言論出版界の陰険さに失望するとともに、数年間文筆業界では「干された」状態にあった。



まるで、教祖同士の内ゲバのようだ・・・

「いまわのきよしろう」「石原裕次郎」などなど・・・

島国の族のシマ争い・・・


レベルが低い~~~


昔の赤軍派の内ゲバの構造と同じ。

グローバリズムが進展して、外圧がかかったために、族の子分たちが内ゲバを行っている。


典型的な例)

インコ族と、オウム

インコ族がオウムを血祭りにあげて、合法的な死刑へと追い込んだ・・・

最低~~~

セクト争い、島国根性丸出しの族によるシマ争い・・・

テイノウ民族、ここにあり~~~



人類脳である大脳皮質の開発が遅れて、爬虫類脳の典型である縄張り争い、シマ争いを繰り広げている大和民族・・・

知能が低い証拠である・・・



脳の三層構造である

「爬虫類脳」「哺乳類脳」「人類脳」

のどこを刺激すると、実感や、共感などに繋がるか? ここがカギなのでは?


そして、人は飽きっぽいという事実もある・・・ 変化を求める、新たなものを求める・・・


マスメディアとWeb

相補的な関係だと思うが・・・

マスメディアとWebの接点、境界点にこそ、そのヒミツがあるのでは?


典型的なマスとネットが融合した“クロスメディア型”の事例なのです。



事実ベースとは?

つまり、バーチャルな世界だからこそ、情報が持つリアル性がパワーを発揮するのでは?


偶発的に生まれた現象のミソは?

ギャップ性であり、リアルな人のモチベーションである。つまり、バーチャルな世界で、人にいかにして実感、共感などを持たせるか?

脳の三層構造である

「爬虫類脳」「哺乳類脳」「人類脳」

のどこを刺激すると、実感や、共感などに繋がるか? ここがカギなのでは?


そして、人は飽きっぽいという事実もある・・・ 変化を求める、新たなものを求める・・・


結論)日本人の場合は、爬虫類脳を刺激するのがもっとも効果的。次に、哺乳類脳。人類脳は未発達なので、刺激しても、反応しない・・・

テイノウ民族の証拠である・・・


Aoyagi YoSuKe

nandemoYA?




---Wikipedia

池田 晶子(いけだ あきこ、1960年8月21日 - 2007年2月23日)は、日本の哲学者、文筆家。東京都出身。慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻卒業。作家の佐藤哲也とは幼なじみで港中学校で同窓である。

来歴・人物

港区立御田小学校、港区立港中学校(現:三田中学校)、慶應義塾女子高等学校を経て慶應義塾大学文学部哲学科卒業。高校時代は登山に熱中する。大学時代、哲学者木田元に師事し、アルバイトとして雑誌『JJ』の読者モデルを務める。これにより経済的にも自立し、両親との葛藤もあり、在学中に一人暮らしを始めるようになる。卒業後は就職はせず、モデル事務所に籍をおく。このとき『文藝』の校正の仕事をしたのがきっかけとなり文筆活動に専念するようになる[1]。以後、朝日新聞記者(論説委員を歴任)であった父親の影響を受け文筆の才を示すことになる。その後埴谷雄高との交流をきっかけに『最後からひとりめの読者による埴谷雄高論』(1987年河出書房)を上梓するも、かつて全共闘闘士であった担当編集者と喧嘩をし、自ら同書を絶版にする。言葉と精神の仕事のはずの言論出版界の陰険さに失望するとともに、数年間文筆業界では「干された」状態にあった。

その後『事象そのものへ!』(法藏館、1991年)の連載で復帰し、専門知識や用語に頼ることなく、日常の言葉によって「哲学するとはどういうことか」を語ることで、多くの読者を集める。現代の思潮や流行している解釈に迎合せず、自分の考え、自分の言葉だけで存在と宇宙について思考をめぐらし、その執筆活動は哲学エッセイというジャンルの草分け的存在にもなっている。

古代ギリシアの哲学者ソクラテスの対話篇を現代に復活させた『帰ってきたソクラテス』(新潮社)シリーズや、中学生・高校生向けに語りかけ的文体で書いた哲学の入門書『14歳からの哲学―考えるための教科書』(トランスビュー)などが話題を呼んだ。また文芸批評家の小林秀雄をこよなく尊敬し、2004年には、彼の著作タイトルを拝借して『新・考えるヒント』(講談社)を書き下ろしで発表した。

アカデミックな世界とは距離を置き、あまり同時代の哲学者との関連性を論じられることが少なかったが、亡くなる直前のガダマーとドイツで対談するなど、活動の幅は広かった。

晩年は『週刊新潮』の『人間自身』(以前は「死に方上手」というタイトルだった)、『サンデー毎日』で『暮らしの哲学』を連載するほか、『HANAKO』で人生相談の回答者としても登場していた。 また、『14歳からの哲学―考えるための教科書』の出版を機に、中学校や高校に赴き「存在について」「考えるということについて」などの主題について講演を行った。

2007年2月23日、腎臓ガンのため46歳の若さで逝去。 没後、夫の伊藤實を理事長としてNPO法人「わたくし、つまりnobody」が設立され[1]、(池田晶子記念)わたくし、つまりnobody賞が創設された。 彼女の著作のほとんどが、絶版されずにゆっくりと版を重ね続けている。

主な著書

『最後からひとりめの読者による埴谷雄高論』(河出書房新社、1987年)
『事象そのものへ!』(法藏館、1991年)
『メタフィジカ!』(法藏館、1992年)
『帰ってきたソクラテス』(新潮社、1994年 文庫化:2002年)
『考える人 口伝西洋哲学史』(中央公論社、1994年 文庫化:1998年)
『オン! 埴谷雄高との形而上対話』(講談社、1995年)
『悪妻に訊け 帰ってきたソクラテス』(新潮社、1996年 文庫化(『ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け』に改題):2002年)
『メタフィジカル・パンチ 形而上より愛を込めて』(文藝春秋、1996年 文庫化:2005年2月)
『睥睨するヘーゲル』(講談社、1997年)
『さよならソクラテス』(新潮社、1997年 文庫化:2004年)
『考える日々』(毎日新聞社、1998年)
『残酷人生論 あるいは新世紀オラクル』(情報センター出版局[2]、1998年)
『死と生きる 獄中哲学対話』(共著/新潮社、1999年)
『魂を考える』(法藏館、1999年)
『考える日々II』(毎日新聞社、1999年)
『考える日々III』(毎日新聞社、2000年)
『REMARK』(双葉社、2001年)(2007年にトランスビューより『リマーク 1997-2007』として増補改版)
『2001年哲学の旅』(新潮社、2001年)
『ロゴスに訊け』(角川書店、2002年)
『14歳からの哲学―考えるための教科書』(トランスビュー、2003年)
『あたりまえなことばかり』(トランスビュー、2003年)
『新・考えるヒント』(講談社、2004年)
『41歳からの哲学』(新潮社、2004年)
『勝っても負けても 41歳からの哲学』(新潮社、2005年)
『人生のほんとう』(トランスビュー、2006年)
『知ることより考えること』(新潮社、2006年)
『14歳の君へ どう考えどう生きるか』(毎日新聞社、2006年12月)
『君自身に還れ―知と信を巡る対話』(共著/本願寺出版社[3]、2007年) ISBN 4894163772
『人間自身 考えることに終わりなく』(新潮社、2007年)
『暮らしの哲学』(毎日新聞社、2007年)
『リマーク 1997-2007』(トランスビュー、2007年)(双葉社『REMARK』の増補改版)
『人生は愉快だ』(毎日新聞社、2008年)
『魂とは何か さて死んだのは誰なのか』(トランスビュー、2009年)
『私とは何か さて死んだのは誰なのか』(講談社、2009年)
『死とは何か さて死んだのは誰なのか』(毎日新聞社、2009年)

関連人物 [編集]

埴谷雄高
小林秀雄
藤沢令夫
ハンス・ゲオルク・ガダマー
陸田真志
紺野美沙子(女優、慶應女子高校同期生)
小幡敦子(映画評論家、DJ、慶應女子高校同期生)



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^ 『文芸春秋』85(7):442-3
^ 情報センター出版局
^ 本願寺出版社

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