7/02/2009

汚染物質

水俣病は有機水銀が原因である。

かねみライスオイル事件はPCBが原因である。

今や、PCBは極地方の氷から発見されている。もはや、回収は不可能である。自然界にはない物質。自然分解もしない。

そして、イルカの本から抜粋・・・

 この問題は大きいので、統計情報の分析は大変だった。毎年、毎日、毎分、漁業の影響で何頭のイルカが死んでいるかの情報が、漁業関係から一部公開されている。マグロと行動を共にするイルカも包囲して、マグロ漁をする。二、三年前になって初めて、新たな規制と技術が導入されて、イルカの致死率が下がった。IATTC(全米熱帯マグロ類委員会)は、毎年殺されるイルカの数は十万を超えていると見積もった。現在でさえ、マグロ漁によって殺されるイルカは、年間で三千から五千頭と見積もられている。ツナ・サンドを提供するために、ニッキー、パック、ホーリフィン、サプライズ、スクウェア、スクウェアレット、スナッブノーズ、ビビ、シックルフィンなどのように、賢いイルカが数千頭殺されている。

 マグロ漁は脅威のひとつでしかなく、漁船は、全世界で年間二千七百万トンの獲物ではない海洋生物を、引き揚げて投棄しているようだ。「混獲」にはイルカや海洋性の哺乳類も含まれていて、全捕獲高の約四分の一になる。イルカは短繊維のプラスティック製の頑丈な魚網で、トラブルに巻き込まれる。海や川に関わらず、イルカは混獲されているし、イルカにとっての危険は人だけではない。イルカを食用として捕獲する地域もあり、チリ沖では最近まで、イルカをカニのエサとして使っていた。エサの魚類が乱獲されたことが原因で、イルカの生息数が減っている。中でも、川イルカは大きな危機に瀕している。世界中の大河の多くで水力発電が行なわれている。そのために、イルカは河を通り抜けられない。中国の揚子江(長江)もこれに該当する。ダムや、たくさん往来する舟や、漁業や、汚染が原因で、揚子江に生息するバイジ・イルカ(ヨウスコウカワイルカ)の生息数が減っている。現時点で生き残っているヨウスコウカワイルカは百頭以下だと言われている(二〇〇七年時点で千二百頭ほど確認されているらしい)。ヨウスコウカワイルカの未来は実に厳しい。

 汚染は気づかないうちに進むことが多い。世界中のイルカにとって、最大の脅威は汚染だ。イルカは食物連鎖の最上位に位置していて、生物濃縮された汚染物質を摂取する。小さな生き物、つまり、小さな魚が汚染物質(DDTやPCBなど)を食べて、組織に蓄積する。大きな魚は汚染された小さな魚を食べる。結果として、小さな魚が蓄えた汚染物質を体内に取り込む。そして、さらに大きな魚がその大きな魚を食べる。こうして汚染物質が蓄積される。汚染物資を蓄積した魚をたくさん食べれば、人にとっても危険だ。

 イルカなどの海洋性哺乳類の組織が、有機塩素化合物で高レベル汚染されていることが分かった。この汚染物質は内分泌システムや、免疫システムを害して認知発達障害を引き起こす。さらに悪いことに、汚染は授乳により、世代から世代へと伝わる。有機塩素化合物は脂肪に溶けるので、母が体脂肪を代謝して乳を造ると、この汚染物質が乳に混入する。そのために、赤ん坊は成長して自分でエサを捕る以前に、つまり、生まれてからすぐに、汚染物質の影響を受ける。その結果、汚染物質は世代から世代へと、幾何級数的に蓄積される。オゾンの減少や、二酸化炭素の排出や、森林の減少などが原因で起こる気候変動は、イルカなどの海洋性の哺乳類にとっても脅威だ。くわえて、気候変動がどのような影響を及ぼすかを、正確に予測するのは難しい。だが、イルカを含むすべてのエコシステムは、確実に、気温の上昇、塩分の濃度の低下、海面の上昇などの影響を受けている。



---Wikipedia

水俣病(みなまたびょう)は、公害病の一つでチッソが海に流した廃液により引き起こされた。1956年に熊本県水俣市で発生が確認されたことがこの病名の由来であり、英語ではMinamata diseaseと呼ばれる。この後新潟県で昭和電工が起こした同様の公害病の病名も水俣病であることから、これを区別するために前者を熊本水俣病、後者を第二水俣病または新潟水俣病(にいがたみなまたびょう)と呼称する。ただし、単に「水俣病」と言われる場合には前者を指す。

水俣病、第二水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくは四大公害病とされ、日本における高度経済成長の影の面となった。

水俣病はメチル水銀による中毒性中枢神経疾患であり、その主要な症状としては、四肢末端優位の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、振戦(手足の震え)等がある。患者には重症例から軽症例まで多様な形態が見られ、症状が重篤なときは、狂騒状態から意識不明をきたしたり、さらには死亡したりする場合もある[1]。一方、比較的軽症の場合には、頭痛、疲労感、味覚・嗅覚の異常、耳鳴りなども見られる。

メチル水銀で汚染されていた時期にその海域・流域で捕獲された魚介類をある程度の頻度で摂食していた場合は、上記症状があればメチル水銀の影響の可能性が考えられる。典型的な水俣病の重症例では、まず口のまわりや手足がしびれ、やがて言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴などの症状が現れ、それが徐々に悪化して歩行困難などに至ることが多い。これらは、メチル水銀により脳・神経細胞が破壊された結果であるが、のみならず、血管、臓器、その他組織等にも作用してその機能に影響を及ぼす可能性も指摘されている。また、胎盤を通じて胎児の段階でメチル水銀に侵された胎児性水俣病も存在する。


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(出典)

http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage160.htm


-経緯-
昭和43年10月15日福岡県は北九州市にあるカネミ倉庫株式会社で製造した《米ぬか油=ライスオイル》を出荷停止の措置を取った。

この年の3月から10月にかけて九州地区で大規模な「奇病」が発生した。体に黒いニキビ状の黒い吹き出物や爪や歯肉が黒ずむなどの特徴が見られた。また発生状況は家族単位であったため食品が一番に疑われた。
この情報を調査したのが「朝日新聞」で、奇病が発生した家族に対して広域の取材を実施した。その結果、カネミ倉庫製造の米ぬか油を毎日食している家庭に奇病が発生していることが判明。朝日新聞は10月10日付けの新聞に「米ぬか油で食中毒」報道を行った。

一方、米ぬか油を食するようになって体の異変を感じた家族が米ぬか油を保健所に持参し調査依頼を行った。その結果、米ぬか油から「有機塩素剤」が検出され15日に製造元のカネミ倉庫に出荷停止措置を取ったのだった。

このカネミ油症事件で患者として認定されたのは昭和51年の段階で1540人(内、昭和47年までに18人が死亡)。昭和44年7月8日に14歳の少年が死亡した例では、検視にきた警察官が「これは毒物による死ですか」と検視医に質問している。その後、火葬した少年の骨を見て火葬場の係りの人が「随分長生きされましたね」と褐色のボロボロの骨を見て言った。どれほど体内に浸食していたのか想像できる。

-原因-
事件が表面化した昭和43年10月14日、福岡県は九州大学、久留米大学で研究班を組織しカネミ倉庫に立ち入り調査を実施した。その結果、カネミ倉庫では米ぬか油の製造工程で、米ぬか油の脱臭のためタンク内で摂氏200℃~230℃の過熱をしていた。この加熱媒体として使用したのが鐘淵化学が製造販売していたカネクロールという商品名のPCB(ポリ塩化ビフェニル)だった。PCBは沸点が300℃以上と高く、化学的に安定している物質のため使い易かった。このPCBには塩素が多量に含まれており、米ぬか油に混入されたとした。

しかし、米ぬか油のタンクとPCBの加熱媒体は間接温調であり本来PCBが米ぬか油には混入しない。このため、当初PCBの配管からピンホール(針孔状)が発生し混入したと見られた。
ところが、さらに調査すると配管作業ミスで配管部からPCBが漏れて米ぬか油に混入したことが判明した。また、発病物質もPCBが高温加熱した際に生成されたポリ塩化ベジンゾフランとコプラナーPCBであることが判明した。

昭和61年3月20日最高裁で原告側と被告側の和解が成立し被告側のカネミ倉庫や鐘淵化学など企業側は総額107億円の損害賠償の支払いに合意した。このことは、企業の製造責任を認めた画期的な意義の大きいものとなった。

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