プロでない市民の感覚が判決にどのように影響するか?
これは、法治システムの放棄である。
裁判をできる限り公開して、広く市民の意見を取り入れれば良いだけの話。
裁判官や、裁判員は人を裁く「判断」をする。
無資格者が法治システムの「判断」に加わることは変である。
医療的な判断は、市民といえども、患者本人が医者と相談して行う。
なぜならば、自身の問題に関する判断だから、医療的な判断に加わるべき。
患者には判断に加わる権利と義務がある。医者任せという判断なら、後で、文句を言うな!
もしくは、患者本人が判断できないとき、家族しか判断に参加できないでしょ?
天涯孤独の人が意識不明になれば、医者が単独で判断するしかない。
僕の主張の意味が分かりますか?
日本人は、人のことなら、判断に加わる(裁判員)。
そして、自身の治療に関する判断なども、ひとりで行えない人が多い・・・
自己中の裁判員制度である・・・
ひでえ~~~、闇金システム・・・
最高裁長官へ
裁判員制度よりも、裁判専門チャンネルを作って、裁判をテレビで公開し、広く市民の意見を取り入れたらどうですか?
人を裁くのは有資格者の仕事。判決に関して、コメントを述べるのが無資格者の仕事(ボランティア)
無資格者が人を裁くのは変である・・・
そして、裁判ごとに、無作為で、裁判員を選ぶ。
法治システムの欠陥、セキュリティーホール、不安定に繋がる・・・
今一度、裁判員制度の理念を見直すべき。
そして、方法論、手段を再検討すべき。
現状は、まるで、「子ども裁判劇場」「模擬裁判」である・・・
お笑い劇場・・・
マスメディアの責任として、
国体のチェックがあると思う・・・
放送の権利と義務がある・・・
当然である。権利と義務は表裏一体・・・
コピーライトを主張するでしょ?
つまり、同時に、義務が発生する・・・
言葉や表示の形式的な誤りの訂正は、校正作業である。あまり、大きな意味はない。
コンテンツに対して、責任を持つから、コピーライトを主張できるのである・・・
校正作業で、よしとすれば、マスメディアの機能の放棄である・・・
裁判員がウイルスとなって、つまり、システムの脆弱性となり、
法治システムが不安定になる、あるいは、崩壊する可能性も否定できない。
法治システムの経典は、最高法規である「憲法」である。
経典を理解していない信徒集団は、カルト集団である・・・
分かりますか? ぜい弱性、危険性が・・・
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