12/26/2009

除夜の鐘



(出典)

http://heikemonogatari.seesaa.net/article/35968875.html


祇園精舎 (ぎおんしょうじゃ) の鐘 (かね) の声、諸行無常 (しょぎゃうむじゃう) の響きあり。

→祇園精舎の鐘の音 (無常堂の、鳴り渡る鐘の音) には、諸行無常 (万物は皆、たえまなく、変化し、移り変わること) の響きがある。

沙羅双樹 (しゃらさうじゅ) の花の色、盛者必衰 (じゃうしゃひっすい) の理 (ことわり) をあらはす。


→沙羅双樹の花の色 (釈迦が亡くなられたとき、白色に変わったといわれている) 盛者必衰 (どんなに勢い盛んなものでも、必ず衰える) の道理を示している(ように感じられる)。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

→(これらの鐘の音や、花の色と同じように) 栄華権勢におごり高ぶっている者も、(その地位高き時代は) 長く続くことがなく、まさに (短くはかない) 春の夜の夢のようだ。


たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵 (ちり) に同じ。


→勢い盛んな者も、結局は滅びてしまう、まるで (たちまち吹き飛ばされてしまう) 風の前の塵と同じようなものである。

遠く異朝 (いてう) をとぶらへば、秦の趙高 (てうかう) 、漢の王奔 (わうまう) 、梁 (りゃう) の朱 (しゅい) 、 唐の禄山 (ろくさん) 、これらは皆 旧主先皇 (きうしゅせんくわう) の政 (まつりごと) にも従はず、楽しみをきはめ、諫め (いさめ) をも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の憂ふるところを知らざりしかば、久しからずして、亡じ (ぼうじ) にし者どもなり。


→遠く外国にその例を探してみると、秦の趙高、漢の王奔 、梁の朱い、 唐の禄山 (などがおり) これらは皆、もとの主君や皇帝の政治に従うこともせず、栄華をきわめて (遊びほうけて)、忠告も深く考えることもなく、世の中が乱れていくことに気づきもせず、人民が嘆き悲しんでいることを知らなかったので、(その勢いも) 長く続くこともなく、滅びてしまった者どもである。

近く本朝 (ほんてう) をうかがふに、 承平 (しょうへい) の将門 (まさかど)、天慶 (てんぎゃう) の純友 (すみとも) 、康和 (かうわ) の義親 (ぎしん)、平治 (へいぢ) の信頼 (のぶより) 、おごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、ま近くは、六波羅 (ろくはら) の入道前太政大臣平朝臣清盛公 (にふだうさきのだいじゃうだいじんたひらのあつそんきよもりこう)と申しし人のありさま、伝へ承るこそこころも詞 (ことば) も及ばれね。


→近くわが国を調べてみると、 承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼 (らがおり)、おごり高ぶる心も、勢いの盛んなことも、皆それぞれはななだしく、尋常、一様ではなかったが、つい最近の例では、六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申し上げた人のありさまは、(人から) 伝えうかがうことこそ、心も言葉も、どうにも及ぶことができない (ほど人並み外れたものであった。)

その先祖を尋ぬれば、桓武 (くわんむ) 天皇第五の皇子 (わうじ) 、一品 式部卿葛原親王九代 (いっぽん しきぶのきゃう かづらはらのしんわう くだい) の後胤 (こういん) 、讃岐守正盛 (さぬきのかみ まさもり) が孫 (そん)、刑部卿 (ぎゃうぶきゃう) 忠盛朝臣 (ただもりのあつそん) の嫡男 (ちゃくなん) なり。

→その(清盛公の) 先祖を調べてみると、桓武天皇の第五皇子の一品式部卿葛原親王の九代目の子孫である讃岐守正盛の孫であり、刑部卿忠盛朝臣の長男である。


かの親王 (しんわう) の御子高見王 (みこたかみのわう) 、無官無位にして失せたまひぬ。


その御子高望王の時、初めて平 (たひら) の姓を賜はって、上総介 (かづさのすけ) になりたまひしより、たちまちに王氏 (わうし) を出 (い) でて人臣(じんしん) に連なる。


その子 鎮守府将軍良望 (ちんじゅふのしゃうぐんよしもち) 、のちには国香(くにか) と改む。


国香より正盛に至るまで、六代は諸国の受領 (じゅりゃう) たりしかども、殿上 (てんじゃう) の仙籍 (せんせき) をばいまだ許されず。





【因果応報】いんがおうほう

[仏]過去における善悪の業(ごう)に応じて現在における幸不幸の果報を生じ、現在の業に応じて未来の果報を生ずること。

【業】ごう

[仏](梵語 karman)

行為。行動。

身(身体)・口(言語)・意(心)の三つの行為(三業)。

業苦・因業 <-> 果報

【諸行無常】しょぎょうむじょう

仏教の根本思想で、三法印の一。万物は常に変化して少しの間もとどまらないということ。

【三法印】さんぼういん

仏教教理を特徴づける三つの根本的教説。

諸行無常・諸法無我・涅槃寂静をいう。




釈迦牟尼、Jesus、Muhammad

広辞苑より

【釈迦牟尼】しゃかむに

(梵語 Sakyamuni 「牟尼」は聖者の意)仏教の開祖。インドのヒマラヤ南麓のカピラ城の浄飯王(じょうぼんのう)の子。母はマーヤー(摩耶(まや))。姓はゴータマ(瞿曇(くどん))、名はシッダールタ(悉達多)。生老病死四苦を脱するために、29歳の時、宮殿を逃れて苦行、35歳の時、ブッダガヤーの菩提樹の下に悟りを得た。その後、マガダ・コーサラなどで法を説き、80歳でクシナガラに入滅。その生没年代は、前566~486年、前463~383年など諸説がある。シャーキヤ・ムニ。釈尊。釈迦牟尼仏。

【Jesus ラテン】イエス

(ヘブライ語のイェホーシュア、またはヨシュアのギリシャ語形Iesousから。「ヤハウェは救いなり」の意)キリスト教の開祖。

北パレスチナのナザレの大工ヨセフとその妻マリアの子として生まれ、30歳ころ。家を出て、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受け、神の国の来臨の近いことを告げて、ユダヤ民族の悔改を迫った。神は慈悲深い父で、人間は皆同胞として相愛すべきことを説き、一切の偽善を排し、正義と愛との徹底を期した。初めガリラヤ地方に活動、のち首都エルサレムでパリサイ派や祭司階級批判、讒訴されてゴルゴダ丘で十字架刑により死。弟子たちはイエスが死後3日目に復活したと確信、「油注がれたる」救い主、すなわちメシア(キリスト)と信じ、ここにキリスト教が興起。イエズス。(前4頃~後28)

【Muhammad】ムハンマド

(賞賛される者の意)イスラム教の開祖。アラビアのメッカ生まれ。40歳ころアッラーの啓示を受け、預言者として唯一神の信仰と偶像崇拝の排斥、人間の平等性を訴えて新宗教を提唱したが、支配者の迫害を蒙り、622年ヤスリブ(現在のメディナ)に聖遷(ヒジュラという)、教勢を拡張して630年メッカの征服を達成。勢力は全アラビアに及び、632年に10万の信徒を従えてメッカ巡礼を行い、有名なアラファート山上の説教の後、まもなく病没。マホメット。(571頃~632)

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三大聖人の説法・預言・説教

釈迦 「法」 イエス 「愛」 ムハンマド 「教」

釈迦は(Brahman)から啓示を受けて「秩序」を「説法」した。

法とは秩序?

イエスは(God)から啓示を受けて「相愛」を「預言」した。

言とは相愛?

ムハンマドは(Allah)から啓示を受けて「平等」を「説教」した。

教とは平等?

青柳洋介

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