10/03/2010

狛犬

獅子または狛犬は中国や韓国にも同様の物があるが、阿吽(あ・うん)の形は日本で多く見られる特徴であり、仁王像と同様、日本における仏教観を反映したものと考えられている。


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「狛犬」は「高麗犬」「胡麻太」とも書き、神社の入り口や拝殿の前などに置かれている一対の獣形像のことをいう。 狛犬の原形はオリエント、インドにおけるライオン像で、それが中国大陸そして朝鮮半鳥を経て渡来した。 沖縄県では「シーザー」といわれる獅子が、各家の屋根に魔除(まよけ)として置かれているが、神社の狛犬も同様に、守護と魔除のために置かれている。 一般的に狛犬は、二匹で一対(いっつい)になっていて、一方は口を開け、一方は口を閉じ「阿吽(あうん)」を表している。 しかし、一対とも口を開けていたり、閉じていたり、後ろ足で立っていたりする狛犬もあり、その形は実に多様である。

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狛犬(こまいぬ、中国語:石獅子、英語:guardian lion)とは、獅子に似た想像上のである。一般的に、神社寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で向き合う形、または守るべき寺社に背を向け、参拝者と正対する形で置かれる。
飛鳥時代に日本に伝わった当初は左右の姿に差異はなかったが、平安時代になってそれぞれ異なる外見を持つ獅子と狛犬の像が対で置かれるようになり、やがて二頭の外見上の違いが少なくなって、現在では左右いずれの像も狛犬と呼ぶのが一般化している。

起源 [編集]

古代インドで、の両脇に守護獣としてライオンの像を置いたのが狛犬の起源とされる。また、古代エジプトメソポタミアでの神域を守るライオンの像もその源流とされる。

伝来 [編集]

日本には、中国の時代の獅子が、仏教とともに朝鮮半島を経て伝わったものと思われる。法隆寺の五重塔初重の壁面塑造に彫られている像のように、はじめは仏や仏塔入口の両脇に置かれ、獅子または大型の犬のような左右共通の姿であった。

変遷 [編集]

平安時代に入ると、うつほ物語に記述されているように「大いなる白銀(しろがね)の狛犬四つ」に香炉を取り付け、宮中の御帳の四隅に置いて使われていたことがわかる。枕草子栄花物語などでは調度品として「獅子」と「狛犬」の組み合わせが登場し、やはり御簾(みす)や几帳(きちょう)を押さえるための重し(鎮子)として使われていたことが記されている。
また、獅子と狛犬の配置については、禁秘抄類聚雑要抄に共通して獅子を左、狛犬を右[1]に置くとの記述があり、類聚雑要抄ではさらにそれぞれの特徴を「獅子は色黄にして口を開き、胡摩犬は色白く口を開かず、角あり」と描いている。獅子または狛犬は中国や韓国にも同様の物があるが、阿吽(あ・うん)の形は日本で多く見られる特徴であり、仁王像と同様、日本における仏教観を反映したものと考えられている。この角を持つ守護獣が狛犬と呼ばれる理由については、朝鮮半島を意味する高麗(こま)[2]を経由して伝来したためという説や、魔除けに用いたところから拒魔犬と呼ばれるようになったとする説などがある。
現在、各地の寺社境内で見かける狛犬には石製のものが多く、ほかにも金属製や陶製のものがある。前述のように宮中の御帳台などで調度品として使用されたものは金属製であったと思われるが、一方で神仏の守護の役割を果たす獅子像、狛犬像については屋内に置かれたものは木製が多く、屋外に置かれるようになって石が使用されるようになった。現存する木製の獅子・狛犬例には、奈良・薬師寺の鎮守、休ケ岡八幡宮や滋賀・大宝神社、京都・高山寺、広島・厳島神社などのものがある(いずれも重要文化財)。石製の古い例では東大寺南大門に置かれている一対の像があるが、これらはの様式が新たに日本に伝えられ、「唐獅子」(からじし)と呼ばれる種類のもので、阿吽形ではなく、両方が獅子の姿をしている。

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