12/08/2010

イルカの本 - さわりだけ

野生のイルカ観察の最前線基地






 十月に入ると、南半球は夏が近づいて急に気温が上がり、太陽が燃え盛り、水面のまぶしい光が辛くなる。リチャードも私も、太陽と潮で赤く日焼けして干からびてしまった。来る日も来る日も風が吹いて、イルカもいよいよ来ない。イルカはこの時期にはこのような行動パターンを取る。小さなテントは浜辺でオーブン状態になって、私たちは暗くなるまで何もできない。私がある朝起きると、サソリがテントの天井に留まっていて、私の鼻先でしっぽをそり上げている。私がサンダルをつかんでサソリをたたきつぶすと、太陽でボロボロになったナイロンのテントに穴が開いた。アメリカへ戻る潮時だった。

 モンキー・マイアの初訪問は、私たちの期待をはるかに超えていた。八月の初めから十月の終わりまでの三か月で、リチャードと私はイルカの行動に関する興味深い発見をした。野生のイルカとの交流には大満足で、イルカに触れて遊んで、個体識別を身につけた。嵐のような日々だったが、今後の研究のイメージができて、アイデアもたくさんわいた。イルカの行動に関する系統的なデータを浅瀬で収集できるし、ボートさえあれば沖で発見の機会もある。私たちは表面をかじったにすぎなかったが、可能性が無限に広がって、アイデアもあふれて、アメリカへ戻ることにした。



代表的なイルカ



ホーリフィン

 豆つぶ大の穴が背ビレの真ん中にあるので(銃弾であけられた)、ホーリフィンと名づけた。ホーリフィンはモンキー・マイアの女家長で、一九八二年当時、乳離れしていない二歳のジョイとニッキーという七歳の娘を連れていたが、ホーリフィンはすでに年かさだった。歯はすり切れていて、息は魚臭くて、顔は少し間抜けな感じで老けていた。一九七五年にニッキーを産んだが、イルカは十二歳から十五歳くらいで初産するので、ホーリフィンは十七歳から二十歳だったはずだった。ニッキーが初産でなければ、もっと年上だったのかもしれない。

 ホーリフィンの特徴はエサ(魚)を求めるときのしつこさだった。人が浅瀬へ入って来れば必ず近寄ってきて、すり切れた歯をむき出しにして、口を開いてエサをせがんだ。エサをもらえないときは船着場から来る舟を追った。たとえ舟が走っていても、仰むけになって、顔を上げて口を開いた。ホーリフィンのしつこさは、哀れにも見えたし、頑固で狡猾にも見えた。ホーリフィンが他のイルカと連れ立って、浅瀬以外で獲物を捕まえているのを見たとき、ホーリフィンでも漁をするのかと驚いた。ホーリフィンはモンキー・マイアの筋金入りのイルカだった。地球上でいちばん写真に撮られて、人に触られ知られている野生のイルカだろう。ホーリフィンが野生だということを忘れてしまうことさえある。




Aoyagi YoSuKe


Book Creator

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