12/18/2007

教育改革

文部科学大臣への提言 - タフな学生養成にはフィールドワークが必須

私は東京大学・物理工学科の卒業生です。駒場キャンパスに乱入して20歳そこそこの

学生といっしょに講義を二度受けてみました。

今の学生は、塾漬けの優等生ばかり? 個性的なやつは少なかったな・・・

坊ちゃん、嬢ちゃんばかり? お決まりの勉強はできても、タフな問題解決は無理?


学生を鍛える方法を考えてください。参考までに、私の学生生活を一部だけ曝露します。


「今夜、下北のバーで・・・」

バーのだんなと互いのじいさん話をした。

彼のじいさんは表具師。小さいころからじいさんを見て育ったんだと・・・ それで、彼は絵が好きらしい。ダリの複製を持っているんだと・・・

おいらのじいさんは旋盤工。指が1本飛んでたよ・・・ ばあさまは百姓。腰が曲がっていたよ。じいさんは、東工大の冶金かなんかのエンジニアを崇拝していた。退職後は、小さな鉄工所を立ち上げて、後進の指導をしたんだとさ・・・

ばあさまは、小遣いをくれた。ばあさまのほうが先に逝っちゃった・・・

おいらは、大学の実習で旋盤をいじった。ガラス細工で焼けどもした。モノクロ写真の現像実習もしたよ。真空ドラムで、マグネシュウムかなんかを蒸発させて鏡も作った・・・ 昔の大学の基礎実験は面白かった・・・ あちっち、、、

卒業研究は、電子顕微鏡やX線成分分析機?などの高級な道具も使わせてもらった。実験結果を整理するときに使った電卓は目玉が飛び出るほど高かった。3万円? 今じゃ、数百円? 電子顕微鏡の出力を増幅するオペアンプも作った。半田ごて片手に・・・

バイトで急がしかったので、講義には出ずに(2年間で5回くらいしか出なかった気がする)、試験のときには、コピーマシンが大活躍。でも、1枚30円なり・・・

バイトは、麻雀(儲かった)、パチンコ(儲かった)、防水工事(米軍キャンプ座間にも行った。二日酔いで、5階の屋上から落ちるかもしれない、コールタールの運搬係)、深夜の道路工事のバイトはカネが良かった(保温ジャーの弁当つき、味噌汁も温かかった、うまかったな~~~、一番の料理は空腹です)。モデルクラブのビラ配り(ちょいと問題を起こして始末書を書かされた)。プリントTシャツの販売(銀座三越のライオンの像のそば、三越の社員食堂のお姉さんたちは、本性丸出しで、タバコぷかぷか、コンパクトに口紅、化粧に大忙し・・・)。売れ線のプリントはスーパーカー、ランボルギーニ・カウンタック(ガキどもの憧れ?)。大忙しの大学生活、、、

2単位ばかりを残して留年。憧れのアメリカ旅行。サンディエゴ、ラスベガス、ニューヨーク、ハワイなどを回った。ラスベガスでは初日は勝ったが、二日目は負け。トータルで少しの負け。ギャンブルには自信があったが、ベテラン・ディーラーには敵わなかった・・・ それで、ギャンブラーの道をあきらめて、電機メーカーに就職した・・・

就職活動は最初はマスコミ・・・ コネがないのでアウト・・・ 仕方がないから、教務課にお願いして、電機メーカーならどこでもいいです。東京近辺をお願いします。それで、就職が決まった。最後の2単位のレポートを出して、社員研修へ。卒業式と重なったが、卒業式には出ずに、会社の研修に行った。どこかの山の中。逃げ出せね~~~、逃げるつもりもなかったが・・・

青柳洋介

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