【南無阿弥陀仏】なむあみだぶつ
阿弥陀仏に帰命するの意。これを唱えるのを念仏といい、それによって極楽に往生できるという。
【南無】[仏](梵語namas 帰命・敬礼などと訳す)
三宝に帰依・敬礼(きょうらい)の意を表す語。
南無阿弥陀仏とは、極楽往生してください、という意味なのかな?
イルカの本より・・・
これは実話です。オーストラリアでイルカの研究をしているときに、父親が突然亡くなった・・・
父は死んだが、父の肉体が偉大な生命の鎖を循環する有機物になることを知っていた。父の肉体はバクテリア、菌、木、クジラ、鳥などに受け継がれて、偉大で不可思議なガイア(地球生命体)の一部として存在し続けるだろう。母とサンウッドの浜辺を歩きながら、父の魂が木々、空気、海、アヒル、私たち自身、カモメ、貝、砂、風などの一部となって、私たちの周りを漂っていると感じた。悲しみが立ち昇って消えていくにつれて、私たちはそんな気持ちになった。弔問者のいる葬儀場へ戻ったときに、私たちは自身を超えて、人生をも超えた大きな中(ガイア)の一部なのだと感じて、慰められて、元気を取り戻した。
私は母に会って数週間を過ごし、母が父のいない生活に慣れた後で、オーストラリアへ戻った。オーストラリアへ発つ直前に、子ども時代に母と過ごした家を振り返って見ると、私は哀しかったが、楽観的でもあった。私には、子ども時代からの記憶が鮮明に残っているが、私にとって、浜辺はもはやサンウッドではなく、地球の反対側にあるモンキー・マイアになった。大事なのは昔のアヒルではなくて、モンキー・マイアにいる銀色のカモメ、白黒のペリカン、色とりどりの鵜、ブブブと噴気孔から音を出すホーリーになった。
コメント:捉え方の違いで、これと南無阿弥陀仏の念仏は同じこと・・・
僕の父親も、疲れたので、そろそろ極楽へ行きたいともらしていた。もうすぐかな? 南無阿弥陀仏・・・
生きているものは、必ず死ぬ・・・ こればかりはどうにもならない・・・
どれほど、栄華を誇っても、せいぜい、エジプトのミイラになるだけ・・・
仏教の場合は、この世で再会できなかったら、あの世で会おう・・・ そういうことだと思う・・・
これが縁の本質だと思うが・・・
それに反して、族の本質は、マフィアの本質は、血を絶やさないこと・・・
やはり、吸血鬼にお似合いの血の掟・・・
どこの吸血一族が一番栄えるかを競っている・・・ 馬鹿馬鹿しい・・・
どこの吸血一族が栄えようとも、五十歩百歩・・・ せいぜい、頑張って、血の掟を守ってください・・・
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