3/28/2009

フェスティバル/トーキョー

面白かった・・・


フェスティバル/トーキョー

ライブ演劇を見てきた。本情報は、Google AdSenseでゲットした・・・

平田オリザ最新作『クリスマス・イン・テヘラン』と、その出演者たちの舞台裏を再現するアミール・レザ・コへスタニの新作『サン・ミゲルの魚』、そしてブザンソン国立演劇センター芸術監督のシルヴァン・モーリスが描くのは、なんとこれらの作品を制作する演出家の妄想。3ヶ国の演出家と俳優たちによる言語・文化の差異を超えたメタ・メタ演劇構造は、演劇をユートピアに到達させ得るだろうか!?




大まかな構成

プロローグ メセナの社交に関する皮肉? シルヴァン

前半 表舞台 「クリスマス・イン・テヘラン」 平田

後半 その裏舞台 アミール

エピローグ 面白いダンス シルヴァン


前半は?

多言語、多文化、多コミュニケーション、多リレーション・・・

舞台に複素多様体的空間ができた。それが、ある種のユートピアに見える?


日本人女優の

「ボンジュール、サラーム」 サラームはアラビア語で「こんにちわ(平和を、の意)」

に始まり、複素多様体的空間で、クリスマスパーティーが執り行われる。


多様体的コミュニケーション空間がいくつか同時にできて、それら全体が動く様子は圧巻であった。

平田はコミュニケーション・デザインを専攻している。その研究の賜物だと思う・・・


パネルディスカッションのトキに、鼻を切って質問した。

Q. 2点あります。

表舞台では、多様性の中に、パラレルでコミュニケーションが成立している(使用言語は、日本語、フランス語、アラビア語、英語)一方で、

裏舞台では、コミュニケーションが分断されていることが、一番印象深かった。コミュニケーションを成立させるためには、シェアできるファクターが必要である。

実際に作品を創っていく上で、コミュニケーションの分断をどのようにして打破したか?


それと、表舞台では、女の人は全員スカーフをしていた。その理由は?


回答)

平田:

表舞台のユートピアを実現するには、裏舞台で必死になって表舞台を支える必要がある。日本国憲法は、それこそ、ユートピアであるが、それを実現するのは困難である・・・

スカーフについては、舞台がテヘランなので、みなさん、スカーフをつけました。

アミール:

裏舞台で、スカーフをつけていたのはイラン人だけです。

表舞台が100%ポジティブであるということもなければ、裏舞台が100%ネガティブであるということもない。

全体の感想)

裏舞台へ入る時に、

「舞台側から、観客が見える。観客の皆さんが、役を演じる」と宣言した。

観客も舞台の構成要素。つまり、エキストラの役者のようなもの・・・

そして、劇場全体が舞台になった・・・ 中途で、舞台から、観客席へ向けて、カメラのシャッターを切った時に、フラッシュの光で、目がくらんだ・・・

この辺りの演出が面白かった。


そして、この芝居がノンフィクションなのか、フィクションなのか、曖昧になった・・・


パネルディスカッションの方法も面白かった。平田が真中で、その両サイドがアラビア語<->日本語、フランス語<->日本語の通訳

これにより、観客(日本語)とパネラー(日本語・フランス語・アラビア語)のコミュニケーション・ミスを防いだ。


コミュニケーションについて

コミュニケーションが成立しないのは、必ずしも言語の違いではない。

今や、世界が複雑化しすぎて、日本語の中でも、たくさんのコミュニケーション・ミスが発生している。専門用語の氾濫などを含めて、話が通じない場合が多い。

そして、言葉の壁が、階層の壁にもなっている。上層部の使う言葉を、下層部はあまり理解できない。


カースト制度をコントロールしている本質は、言語の壁だと思っている・・・


Creator Aoyagi YoSuKe

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