12/31/2010

日本書紀、古事記

歴史的な事実を反映した神話だと思う

ヒンドゥの「ラーマーヤナ」などと同類である

事実ではないが、歴史的な事実を反映している

情報のノンフィクション度の問題である・・・


人は真実を書くことはできない、ノンフィクションといえども、真実から、人が意図的に切り取ったフィクションである。どこまで、事実に忠実かが、情報のノンフィクション度である


Fact

Truth

大きな違いがある



fact
【名】事実、現実、真実、実際、真相
・Fact is stranger than fiction. 《諺》事実は小説よりも奇なり。
・That's not a fact. そうした事実は全くない。
【@】ファクト、【変化】《複》facts


truth
【名-1】真実性、迫真性
【名-2】現実、事実、真相、真理、本当のこと
・There's some truth in what he says. 彼の言っていることにも一理ある。
・Truth is stranger than fiction. 《諺》事実は小説よりも奇なり。
・It's sometimes necessary to stretch the truth. 事実を拡大解釈することも時には必要です。/真実を誇張することも時には必要です。/うそも方便。
・The truth will out. 《諺》真実はいつか現れるもの。
【@】トゥルース、トルース、【変化】《複》truths



サル山が「山の組織」なら、イルカ同盟は「海の組織」だ!!!

日本の古い体質は、まさしく、「サル山」!

このままだと、ガイアが「サルの惑星」になってしまう・・・

やはり、「山彦」だけではダメ、「海彦」も必要!

「うみひこ」 最初の変換 -> 産み日子

どういう意味なの?

日子 -> 太陽の子 -> インカを産む?

彦山 -> 日子山 -> だから、「天照大神」の子、「天の忍穂耳の尊」が主神として祀られている?

やはり、九州の霊山、英彦山は「霊山」中の「霊山」のようだ!

注)英彦山は神仏混交の霊山、日本の三神に加えて、仏教の三仏(釈迦、弥陀、観音)も祀ってある。

日本の三大修験道場で山岳宗教のメッカだ。天照皇大神(あまてらすおおみかみ)の子、天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)を主神とする。天之忍穂耳尊の祖父母神である、伊弉册尊(いざなみのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を副神とする。釈迦、弥陀、観音を本地仏とする。三神、三仏を渾然一体として祀ってある。

天照大神を太陽にたとえれば、その子、天之忍穂耳尊を主神とする山、すなわち日子の山ノ神の山と恐れあがめられた霊山で、嵯峨天皇(810年代)の御代に、勅旨をもって日子の山を彦山と改められ、その後、霊元天皇(1670年)御代に、英の尊号を冠せられて現在の英彦山の名前になった。


阿智王 アチョー AcHo
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青柳洋介


イザナミノミコト(英彦山に祀られている)、イザナギノミコト(英彦山に祀られている)

イザナミ、イザナギの子=アマテラス(天皇家の祖先、伊勢神宮に祀られている)、スサノオ(須佐之男)、ツクヨミ(月読尊)

アマテラスの子=アメノオシホミミノミコト(英彦山に祀られている)、アメノオシホヒノミコト(出雲大社の神主の祖)

アマテラスの孫(アメノオシホミミノミコトの子?)=天孫ニニギ(瓊瓊杵尊、高千穂に降臨?)

スサノオの息子(六世または七世の孫)=オオクニヌシ(大黒様)

オオクニヌシが天孫ニニギ(甥っ子の子供)に国土を譲った。

アメノオシホミミノミコト、アメノオシホヒノミコトとオオクニヌシは従兄弟?

時が合わない解釈もあるが、神話の世界だから。。。

ま、いいか大国主を知ったから。。。出雲の神様。。。

旧暦10月は神無月、日本の神様が出雲大社に集まる。出雲では神在月。ただ集まるのはオオクニヌシ系の神様(国津神)。アマテラス系の神様(天津神)は出雲には来ないので、必ずしもすべての神様が不在になるわけではない。大黒様は国造りの神、農業神、商業神、医療神などとして信仰されている。

要するに天の神様がアマテラス系(天津神)、地の神様がオオクニヌシ系(国津神)ということだ(これが和の国、大和、日本の天地創造?)。

日本の神様たちは旧暦10月に出雲大社で縁結びの会議などをするそうだ。

スサノオの末裔は全国各地に散らばった?

アマテラスもスサノオもおおかみと呼ぶ。日本はオオカミの国? 日本オオカミが絶滅したのは残念だ! 犬はオオカミが家畜化したもの?

注)英彦山は神仏混交の霊山、日本の三神に加えて、仏教の三仏(釈迦、弥陀、観音)も祀ってある。

日本の三大修験道場で山岳宗教のメッカだ。天照皇大神(あまてらすおおみかみ)の子、天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)を主神とする。天之忍穂耳尊の祖父母神である、伊弉册尊(いざなみのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を副神とする。釈迦、弥陀、観音を本地仏とする。三神、三仏を渾然一体として祀ってある。

阿智王 アチョー AcHo
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青柳洋介


ニッポニア・ニッポン、つまり、トキは絶滅した・・・

が、蝶のアサギマダラは健在。ニフォニカ

小学校のころ、九州の霊山・英彦山でアサギマダラを捕まえた。実際に見た飛んでいる蝶の中では、一番好きな蝶。

ふわふわ飛んで、極楽トンボにあらず、極楽鳥でもなく、極楽バタフライだ~~~

台湾辺りの高山から、日本の九州や本州などの高山を渡っているようだ・・・


英彦山には、天照大神の息子である天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)が主神として、祖父母神のいざなみのみこと、いざなぎのみことが祀られています。

また、釈迦、弥陀、観音を三仏として、神仏渾然一体化して祭祀してあります。

たしか、英彦山の本殿は国宝になっているはずです。

Aoyagi YoSuKe

P. s. niphonica

スペルを見ると、Phone=音と繋がっている?

耳のミコトが祀られている英彦山にぴったり・・・

英彦山には、天照大神の息子である天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)が主神として、祖父母神のいざなみのみこと、いざなぎのみことが祀られています。


日のミコトは、出雲大社の神主系のはず・・・

つまり、スサノオ系

耳のミコトは、英彦山

天照大神系?


なお、神無月に出雲に集結するのは、日のミコト系です・・・

よって、神無月でも、耳のミコト系は、出雲には行きません。

神無月は、出雲では、神有月ですが・・・


天照大神は、伊勢神宮、内宮?に祀られているはずですが・・・

耳のミコト系は、どうなんだろうか?

出雲に行くの? 行かないの? 分からなくなった・・・


ニッポン・オオカミ(日本狼、日本大神?)も絶滅したようだ・・・

ニフォニカにかけるしかない?

極楽バタフライよ、飛べ~~~


そして、カッシーニが捉えた土星の月、これは謎のミコト

つくよむのミコトの存在を暗示している?

勢揃い・・・

天照、スサノオ、つくよむ・・・

---Wikipedia

日本全土から朝鮮半島、中国、台湾、ヒマラヤ山脈まで広く分布する。分布域の中でいくつかの亜種に分かれていて、このうち日本に分布するのは亜種 P. s. niphonica とされる。

霊山・英彦山



英彦山には、天照大神の息子である天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)が主神として、祖父母神のいざなみのみこと、いざなぎのみことが祀られています。

また、釈迦、弥陀、観音を三仏として、神仏渾然一体化して祭祀してあります。

たしか、英彦山の本殿は国宝になっているはずです。


天照大神の息子である天之忍穂日尊がアマテラスの弟?スサノオの元に行って、大国主になったはず・・・


つまり、

出雲大社が国つ神

伊勢神宮が天つ神

です・・・

そして、おそらく、天之忍穂耳尊の子、つまり、アマテラスの孫が天孫ニニギ・・・

ニニギこそが、天皇家に繋がるミコトです・・・

4/16/2010

法華経と華厳経

法華経は、救済の教え? => 観世音菩薩、ボディサトバ

説法の対象は、菩薩をはじめとするあらゆる境涯に渡る。末法愚人を導くとして上行菩薩等の地湧(じゆ)の菩薩たちに対する末法弘教の付嘱、観世音菩薩等のはたらきによる法華経信仰者への守護と莫大な現世利益などを説く。





華厳経は、修行の教え? => 廬舎那仏、如来、アミダーバ


智顗によると、この経典は釈迦の悟りの内容を示しているといい、「ヴァイローチャナ・ブッダ」という仏が本尊として示されている。「ヴァイローチャナ・ブッダ」を、「太陽の輝きの仏」と訳し、「毘盧舎那仏と音写される。
華厳経の中には、如来蔵思想と似た発想がでてくる。
陽光である毘盧舎那仏の智彗の光は、すべての衆生を照らして衆生は光に満ち、同時に毘盧舎那仏の宇宙は衆生で満たされている。これを「一即一切・一切即一」とあらわし、「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」ことで、これを法界縁起と呼ぶ。



---Wiki


法華経ほけきょうほっけきょうとも)は、大乗仏教経典サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(saddharmapuNDariika-suutra、सद्धर्मपुण्डरीक सूत्र)」(「正しい教えである白い蓮の花」の意)の漢訳の総称。経の字をはずすと「法華」になるが、これは一般に「ほっ」と発音する。
それぞれの意味はsad=「正しい」「不思議な」「優れた」など、dharma=「教え」「真理」、puNDariika=「因果倶時・清浄な白蓮華」、suutra=「仏の説いた経典」
この経典に対する漢訳は十六種類が行われたとされるが、完訳が現存するのは『正法華経』(竺法護訳、2世紀)、『妙法蓮華経』(鳩摩羅什訳、5世紀)、『添品妙法蓮華経』(闍那崛多・達磨笈多共訳、7世紀)の三種である。漢訳仏典圏では、鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』が、「最も優れた翻訳」として、天台教学や多くの宗派の信仰上の所依として広く用いられており、「法華経」は「妙法蓮華経」の略称として用いられる場合もある。
なお、鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』観世音菩薩普門品第二十五は観音として普及している。

概説

法華経は28品の章節で構成されている。現在、広く依用されている智顗(天台大師)の教説によると、前半14品を迹門(しゃくもん)、後半14品を本門(ほんもん)と分科する。迹門とは、出世した仏が衆生を化導するために本地より迹(あと)を垂れたとする部分であり、本門とは釈尊が菩提樹下ではなく久遠の昔にすでに仏と成っていたという本地を明かした部分である。迹門を水中に映る月とし、本門を天に浮かぶ月に譬えている。後世の天台宗法華宗一致派両門を対等に重んじ、法華宗勝劣派は法華経の本門を特別に重んじ、本門を勝、迹門を劣とするなど相違はあるが、この教説を依用する宗派は多い。
また、三分(さんぶん)の観点から法華経を分類すると、大きく分けて(一経三段)、序品を序分、方便品から分別品の前半までを正宗分、分別品から勧発品までを流通分と分科する。また細かく分けると(二経六段)、前半の迹・本の二門にもにもそれぞれ序・正宗・流通の三分があるとする。

迹門

前半部を迹門(しゃくもん)と呼び、般若経で説かれる大乗を主題に、二乗作仏二乗成仏が可能であるということ)を説くが、二乗は衆生から供養を受ける生活に余裕のある立場であり、また裕福な菩薩が諸々の眷属を連れて仏の前の参詣する様子も経典に説かれており、説法を受けるそれぞれの立場が、仏を中心とした法華経そのものを荘厳に飾り立てる役割を担っている。
さらに提婆達多の未来成仏(悪人成仏)等、”一切の衆生が、いつかは必ず「」に成り得る”という平等主義の教えを当時の価値観なりに示し、経の正しさを証明する多宝如来が出現する宝塔出現、虚空会、二仏並座などの演出によってこれを強調している。そして、この教えを信じ弘める行者は必ず世間から迫害されると予言するリスト教ユダヤ教セム一神教にも共通する「受難劇」の視点も見られる。

本門

後半部を本門(ほんもん)と呼び、久遠実成(くおんじつじょう。釈迦牟尼仏は今生で初めて悟りを得たのではなく、実は久遠五百塵点劫の過去世において既に成仏していた存在である、という主張)の宣言が中心テーマとなる。これは、後に本仏論問題を惹起する。
本門ではすなわちここに至って仏とはもはや歴史上の釈迦一個人のことではない。ひとたび法華経に縁を結んだひとつの命は流転苦難を経ながらも、やがて信の道に入り、自己の無限の可能性を開いてゆく。その生のありかたそのものを指して仏であると説く。したがってその寿命は、見かけの生死を超えた、無限の未来へと続いていく久遠のものとして理解される。そしてこの世(娑婆世界)は久遠の寿命を持つ仏が常住して永遠に衆生を救済へと導き続けている場所である。それにより”一切の衆生が、いつかは必ず仏に成り得る”という教えも、単なる理屈や理想ではなく、確かな保証を伴った事実であると説く。そして仏とは久遠の寿命を持つ存在である、というこの奥義を聞いた者は、一念信解・初随喜するだけでも大功徳を得ると説かれる。
説法の対象は、菩薩をはじめとするあらゆる境涯に渡る。末法愚人を導くとして上行菩薩等の地湧(じゆ)の菩薩たちに対する末法弘教の付嘱、観世音菩薩等のはたらきによる法華経信仰者への守護と莫大な現世利益などを説く。


---Wiki
華厳経』(けごんぎょう)、正式には『大方広仏華厳経』(buddhaavataMsaka-naama-mahaa-vaipulya-suutra、महावैपुल्यबुद्धावतंसकसूत्र)は、大乗仏教経典のひとつで、大方広仏、つまり時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典である。華厳とは別名雑華ともいい、雑華によって仏を荘厳することを意味する。原義は「花で飾られた広大な教え」という意味になる。

沿革 [編集]

華厳経は、インドで伝えられてきた様々な経典が、3世紀頃に中央アジア(西域)でまとめられたものである。 華厳経の全体のサンスクリット語原典は未発見であるが、入法界品十地品などは独立のサンスクリット経典が存在する。また、チベット語訳も存在する。
本経には、
とが通行している。 また、唐の般若による「入法界品」のみの40巻本(「四十華厳経」)の訳も行われている。
中国では華厳経に依拠して地論宗華厳宗が生まれ、特に華厳宗は雄大な重重無尽の縁起を中心とする独特の思想体系を築き、日本仏教にも大きな影響を与えた。
日本に中国の「華厳宗」を伝えたのは新羅審祥で、東大寺で「探玄記」による「六十華厳」の講義を3年に及んで行ない、それ以来東大寺は華厳宗の本山ということになった。

内容 [編集]

智顗によると、この経典は釈迦の悟りの内容を示しているといい、「ヴァイローチャナ・ブッダ」という仏が本尊として示されている。「ヴァイローチャナ・ブッダ」を、「太陽の輝きの仏」と訳し、「毘盧舎那仏と音写される。
華厳経の中には、如来蔵思想と似た発想がでてくる。
陽光である毘盧舎那仏の智彗の光は、すべての衆生を照らして衆生は光に満ち、同時に毘盧舎那仏の宇宙は衆生で満たされている。これを「一即一切・一切即一」とあらわし、「あらゆるものは無縁の関係性(縁)によって成り立っている」ことで、これを法界縁起と呼ぶ。
「六十華厳」の中で特に重要なのは、最も古層に属する「十地品」と「入法界品」という章だといわれている。
  • 「十地品」には、菩薩が踏み行なうべき十段階の修行が示されていて、そのうち六番目までは自利の修行が説かれ、七番目から十番目までが利他行が説かれている。
  • 「入法界品」には、善財童子(ぜんざいどうじ)という少年が、人生を知り尽くした53人の人々を訪ねて、悟りへの道を追究する物語が述べられている。
隋の智顗は五時八教の教相判釈で、華厳経を釈迦が成道後まもなく悟りの内容を分かりやすくせずにそのまま説いた経典であらけずりの教えであるとした。 唐の法蔵は「華厳五教章」のなかで五教十宗判の教相判釈を行い、華厳の教えを最高としている。

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Aoyagi YoSuKe  Book Creator


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