1/30/2011

アジアカップ

最後は、どろろんぱが出た、笑い


1/30/2011

天狗舞@どろろんぱ



11/16/2010

昨夜、夜中に、目が覚めた・・・

どろろんぱが来ていた・・・


天井付近で、渦を巻いていた・・・


ヤマネコ毛布は?

僕のお仲間・・・

状況があまりにも似ている・・・

軒下の縁側で、一畳のチベット絨毯に、新素材の座布団を枕にして、安物の羽毛布団一枚に包まって、寝ていたら・・・

どろろんぱが現れた・・・ 天井付近で、渦を巻いていた、複雑な光の渦である・・・







火曜日, 8月 18, 2009


真のバーチャル・リアリティとは?


幽霊製造装置


リアル・バーチャリティ、バーチャル・リアリティ、光速ワープ、どろろんぱっ


バーチャル・リアリティ、リアル・バーチャリティ、光速ワープ、どろろんぱっ





©室山まゆみ / シンエイ動画


ようするに、リアルとバーチャルをポジティブ・バイブレーションで使う。




光速ワープして、ぐるぐるとプラスの渦ができる。それが、どろろんぱっ、と化けて、竜巻になる - トルネード製造

1/29/2011

シャッフルモード

日韓連合

AI&BoA



ボブ・マーリィこそ、音楽で戦う革命家、非暴力革命家であった・・・






2006/05/14
Bob Marley AO-Best Soulmate


1. Natural Mystic 自然の神秘
2. Lively Up Yourself アップしようぜ
3. Small Axe 小さな斧
4. I Shot The Sheriff 警官を撃ったのだ
5. No Woman, No Cry 女よ、泣くな
6. Three Little Birds 三羽の小鳥
7. Kaya カヤ(はっぱ)
8. Babylon System バビロン(吸血)・システム
9. Iron Lion Zion ザイアン(聖地)の獅子たらん
10. Zion Train ザイアン(聖地)行き列車
11. Survival 生き残れ
12. Reincarnated Soul 転生する生命
13. Time Will Tell 時は予言する
14. Redemption Song 解放の歌
15. Wake Up and Live 目覚めよう、生きよう
16. Positive Vibration ポジティブな波動


No.3
Small Axe
Lyrics Bob Marley

Why boasted thyself
Oh, evil men
Playing smart
And not being clever? Oh, no
I said, you're working iniquity
To achieve vanity (if a-so a-so)
But the goodness of Jah, Jah
I-dureth for-I-ver

If you are the big tree
We are the small axe
Sharpen to cut you down(well sharp)
Ready to cut you down Oh

These are the words
Of my master, keep on tellin' me
No weak heart
Shall prosper Oh, no they can

Whosoever diggeth a pit
Shall fall in it, fall in it
Whosoever diggeth a pit
Shall fall in it (... fall in it)

If you are the big tree
We are the small axe
Sharpen to cut you down
Ready to cut you down 

Whosoever diggeth a pit
Shall fall in it, fall in it
Whosoever diggeth a pit
Shall fall in it (... fall in it)

If you are the big tree
We have the small axe
Ready to cut you down (well sharp)
Sharpen to cut you down



2005/10/30
小さな斧
詩 ボブ・マーリィ
訳 青柳洋介
なぜ、うぬぼれてんだい
邪悪なやつたちよ
賢いふりをするが
賢くねえんじゃないの
あんたらは、不正を働いているのさ
虚無を成し遂げるために
だが、ジャーは正しい
ずっと、耐えてきた

あんたらが、大木なら
俺たちゃ、小さな斧さ
あんたらを切り倒すために刃を砥いでいる
すぐに、あんたらを切り倒すさ

これが言葉だ
俺の主が、俺に語りかけ続ける
ハートを強く持て
やつらが栄えることなんてできやしない

穴を堀さえすれば
中に叩き込む
穴を堀さえすれば
中に叩き込む

あんたらが、大木なら
俺たちゃ、小さな斧さ
あんたらを切り倒すために刃を砥いでいる
すぐに、あんたらを切り倒すさ

穴を堀さえすれば
中に叩き込む
穴を堀さえすれば
中に叩き込む

あんたらが、大木なら
俺たちゃ、小さな斧さ
すぐに、あんたらを切り倒すさ
あんたらを切り倒すために刃を砥いでいる
---Wiki
李 忠成(り ただなり、1985年12月19日 - )は、日本プロサッカー選手東京都田無市(現・西東京市)出身。ポジションはフォワードJリーグサンフレッチェ広島所属。東京都立田無高等学校卒業。
大韓民国国籍の在日韓国人4世として生まれ[5]、2007年に日本国籍を取得して帰化した[6]通名は大山忠成[5]、韓国語名はイ・チュンソン이충성、Lee Chung-Sung)[7][注 1]であった。
実家は西東京市田無で焼肉店を経営[8]。経営者である李の父親も、元・実業団横浜トライスターSC所属のサッカー選手という経歴を持つ[5][9]東京朝鮮第九初級学校出身[注 3]
少年時代は地元・こみねFCに在籍、当時のチームメイトに市川雅彦がいる。小学5年生で横河電機(現・横河武蔵野FC)ジュニアユースのセレクションに合格したため、6年生から同チームの練習に参加するようになる[9]。練習生として出場したFC東京U-15との練習試合で活躍し、相手監督の柴田峡から勧誘を受けたが、地元の田無から江東区のFC東京深川グランドに通う負担を考え[注 4]、中学時代は横河電機ジュニアユースでプレーした[11]
2001年、東京都立田無高等学校に入学と同時にFC東京U-18に加入、同期生に梶山陽平呉章銀鎌田次郎斎藤雅也らがいる。在籍時の3年連続で国体東京都選抜に選ばれ、2001年には第25回クラブユース選手権優勝、高円宮杯およびJユースカップ準優勝に貢献した。2002年、関東サッカーリーグ得点王に輝き、2003年にはプリンスリーグの優秀選手に選出された。
2004年、トップチームに昇格[7]。同年にU-20韓国代表候補に招集された[12]が、出場機会はなかった。結局、FC東京では出場機会は得られず、わずか1年で退団を志望した[9]
2005年に柏レイソルへ完全移籍[13]。同年に柏はJ2へ降格するが、主力選手の多くが抜けたこともあり、2006年にはレギュラーに定着。同年、「大舞台で得点し、世界に在日韓国人の可能性をアピールしたい」と日本代表入りを希望して、2006年9月22日に日本への帰化を申請し、2007年2月9日に帰化が認められた[6]。日本に帰化をしようしたら親戚から猛反対され帰化を迷っていたが、両親から「親戚中から縁を切られても私たちはいいから自分の思うようにしなさい」と言われたことで帰化を決意した[14]。その他にも日本に帰化した理由として、「五輪がなければ国籍変更していない。人生を変える大きな決断だった」と語っている。その一方で君が代を斉唱したときの気分を聞かれて「最高の気分ですね」と語っている。6日後の2月15日に、北京オリンピックアジア予選に臨む、U-22日本代表メンバーに追加招集された[15]
J1復帰を果たした2007年には、10ゴールを挙げて柏のエース格となる。2008年には北京オリンピック本大会に日本代表として出場を果たしものの、柏では北京五輪出場など過密日程からくる疲労に負傷も重なり、わずか4ゴールに終わる。2009年、試合にこそコンスタントに出場するものの、ネルシーニョへの監督交代後はベンチ入りもままならなかった[16]
移籍期限が迫る2009年8月26日、怪我人などで前線の駒不足に陥っていたサンフレッチェ広島へ完全移籍した[16]。移籍金は3,000万円(推定)[17]。広島移籍後は同じFWにエースの佐藤寿人がいたため、ほとんどが途中出場であり、広島所属としての公式戦では得点を決めることが出来なかった。
2010年も前年と同じくベンチスタートが続いたが、4月13日アジアチャンピオンズリーグ山東魯能泰山戦において2得点を挙げ、ようやく広島での公式戦初得点をマークした。その後もベンチを暖める試合が続くものの、佐藤寿人が肩の脱臼によって長期離脱しチャンスを掴むと、9月18日の神戸戦でついに広島移籍後リーグ戦初得点をマークした。そこからはリーグ戦5試合連続得点をマークするなどシーズン終了までリーグ戦12試合で11得点、またナビスコカップの決勝戦においてもゴールを奪うなどゴールを量産した。
同年オフ、AFCアジアカップ2011に臨む日本代表に初選出。2011年1月9日のグループリーグ第1戦ヨルダン戦の後半開始から途中出場で国際Aマッチ初出場を果たす。1月29日の決勝戦オーストラリア戦では、延長前半から前田遼一に代わって途中出場すると左サイドから長友のセンタリングを左足でダイレクトボレーシュートで合わせて代表初ゴール。これが決勝点となり、日本代表は2011年アジアカップ優勝を成し遂げた。

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