12/13/2008

麻生本家 - 天神坂

麻生本家のお屋敷は、飯塚市の柏の森にあります。

その脇にある小さな坂を「天神坂」と呼んでいました。

天神坂の麻生本家の塀の外で、子供のころ、蝶々を追いかけていました。

ミヤマカラスアゲハやモンキアゲハなどがいました。


麻生首相は、塀の中で、何をやっていたのだろうか?

近くにクレー射撃場があったので、おそらく鉄砲を撃つ練習でもしていたのだろう。

オリンピックに出たみたいですが・・・


みなさん、塀の中よりも、塀の外のほうが面白い。世界が広い・・・

安部譲二さんが書いた「塀の中で」でしたっけ? 監獄のことでしょ?


そして、塀の中は、閉鎖系です。塀の外は、開放系です・・・

だから、塀の中で育ったおぼっちゃまは、密室談合がお好きなのでは?

そうとしか、思えない・・・

世界を狭めるだけ・・・ 人生の幅が狭くなる・・・


みなさん、

書を携え、塀の外へ飛び出そう、町へ出よう。。。


この辺りの考え方が、寺山修司の、書を捨て、、、とは異なります。


書は、世界を探検するためのツールとなります。だが、参考書にすぎません。


参考書に溺れてしまって、机上の空論がお好きな人が山ほどいる・・・


大問題です・・・ 書は参考書、実践に応用してこそ、初めて意味がある・・・



---Wikipedia

安部 譲二(あべ じょうじ、1937年5月17日 - )は、日本の小説家、元ヤクザ。本名:安部 直也(あべ なおや)。
次男はゲームソフトの原作・監督などを手がける遠藤正二朗。
父は日本郵船に勤務していた。東京都内の裕福な家庭に生まれ、麻布中学校に進学したが、中学在学中から暴力団の安藤組事務所に出入りしていた。そのため麻布高校への進学が認められず、慶應義塾高校に進学したが、暴力団との関係のため退学処分となった。
その後、本格的にヤクザとなり、刑務所で服役したこともある。府中刑務所収監中に知り合った囚人の中に赤軍派(後に日本赤軍)活動家・城崎勉がおり、安部の著作によると、ダッカ事件が起きる直前、(既に獄外の日本赤軍と連絡を取り合っていた?)城崎にオルグされかけたことがあったという。
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1981年にヤクザから足を洗う。1984年、山本夏彦に文才を見出され、雑誌『室内』に『府中木工場の面々』と題した文章の連載を開始。1987年、刑務所服役中の体験を書いた この連載がまとめられ、『塀の中の懲りない面々』として文藝春秋より出版される。『塀の中の懲りない面々』はベストセラーとなり、映画化もされ、以後人気作家としての地位を築く。日本で刑務所のことを「塀の中」と表現するようになったのは、この著作の影響である。
その後『追跡』(日本テレビ系)のコメンテーターなど、タレントとしても活躍。マルチな才能を持つ稀有な存在である。
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