ラベル付け
ラベル付けは、だれが何のためにやっているのだろうか?
実はこれは人類の大問題なのですが・・・
人類が行なっているラベル付けはものすごく複雑です。
では、人類は何のためにラベル付けをやっているのでしょうか?
ラベル付けが必要なら、「公正な手段」を見出すべきですが・・・
生物学者なら、「サバイバル」のため、、、
政治家なら、「子孫」のため、「家族」のため、「国」のため、、、
宗教家なら、「愛」のため、「正義」のため、「信仰」のため、、、
医者なら、「治療」のため、、、
社長なら、「利益」のため、「株主」のため、、、
スポーツ選手なら、「世界記録」のため、「金メダル」のため、、、
労働者なら、「生活のため」、「食うため」、、、
人類なら、「ラットレースに勝つ」ため、「滅びる」ため、、、
人類は一体何のために「ラベル付け」を行なっているのでしょうか?
人類が行なっている「ラベル付け」に「問題」があるから、人類などが「滅びつつある」ということなのでは?
灯台下暗しなので、絶滅危惧種に「人類自身」が含まれていることに気づいていなかったりして・・・
「ラット・レース」のなれの果ては、「ラットの集団入水自殺」ですが・・・
「赤信号みんなで渡れば怖くない」 -> 「全員オダブツ」になりかねないと思う・・・
「ねずみ算的」に「増えたもの」と、「減ったもの」をカウントすると面白いですよ、、、
格言:成長には限界がある・・・、限界がないものなどあり得ない、神さま以外には・・・
青柳洋介
2008年2月29日 (金) アート & サイエンス | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
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