村上さん、日本DECにいたんだ! 80年代前半、日本DECとソフトウェア開発をしました・・・
楽しかったな・・・
IBMとの接続プログラム(エミュレータの開発)・・・ (日本DEC プログラマーは石川さん? この人たしか、中央大学・文学部出身だった?)
DECマシン間でのファイル転送プログラム・・・ (日本DEC プログラマーの小山さん、僕の大まかな設計書をもとに、きちんと動くプログラムを作ってくれた。小山さんから、スタックの概念を教えてもらった)
スタック LIFO(Last In First Out)
キュー FIFO(First In First Out)
じゃなかったっけ? 小山さん?
ファイル転送プログラムのテストは面白かった。当時は、電電公社がモデムを解禁していなかったので、インターフェースを音響カプラでやった。機能はモデムと同じなのだが、電話の受話器をカプラに差し込んで繋ぐ。当然、ノイズを拾いやすい(空気中を伝播する音がインターフェース。昔、パソコン内臓のモデムを使ったことがある人は音を聞いたことがあるはず。ビ~~、ピョロロという音)。僕が設計したCRCチェック機能つきのファイル転送プロトコル。ノイズにも負けなかったな(笑い)。CRCエラーが出ると、パケットを再送して、エラーフリーにする。小山さん、よくぞ、プログラミングしてくれた・・・
池袋のサンシャインビルと八王子にあるDECのVAX11/780・・・
サンシャインビルでマクドナルドのハンバーガーを食いながら、深夜までテストして、帰宅した。
なつかしいな~~~
これがらみで、ドイツのデュッセルドルフと八王子、アメリカのシリコンバーレーと八王子の間で、パケット交換網を介したテストもした。よく、繋がったよな・・・ 八王子のIBMのマシンまで・・・ びっくり!
それがらみで、西新宿のKDDビルのてっぺんで開かれたパーティーに出た。見晴らしよかった、夜景が見えて、和服のコンパニオンがいて・・・ 古きよき時代?
忘れていた。パケット交換技術のキーとなるPAD(Packet Assembly Disassembly?)を開発したのはKDD研究所の浦野さん。マシンは三菱製の小さなオフコン。浦和レッズ優勝~~~、だって、三菱ダイアモンドサッカーでしょ?
Modem(MOdular DEModular?) 要するに、デジアナ変換です。
アナログシステム <-> Modem <-> デジタルシステム
沖電気製のif800 <-> Modem <-> ドイツの通信会社(およびATT?) <-> 国際パケット網 <-> KDD <-> NTT <-> Modem <-> 三菱のオフコン <-> DEC <-> Modem <-> IBM
通信速度は1200bps~9600bps・・・
奇跡的だよな繋がったのは?
弱点は、ModemとPCの間が無手順プロトコル、RS232Cインターフェースでした・・・
だから、CRCチェックつきのエラーフリー・プロトコルを搭載したファイル転送プログラムを開発したのです。
・・・
ところで、村上さん、ウォークマンって、トランジスタラジオ以来のソニーのブレークスルーですよね?
学生時代に初めてアメリカに行ったとき(1980年夏)、録音再生可能なウォークマンを腰にぶら下げて入国しました。入国審査の黒人の女の人が興味を示したので、聞かせたら、びっくりして笑っていました・・・
それで、僕はツール開発系は引退して、ユーザー系に衣替えしました。当然、グーグル、マイクロソフト、アップル、ソニーなどのユーザーです、今は・・・
つい先日、NECの関本さんがお亡くなりになりました。関本さんが社長就任以来、引退なさるまでは、僕の会社員時代とオーバーラップしています。関本さんが亡くなった日のまさに午前8時過ぎに電話連絡が入りました。とある場所で、NECのモデムが動作不良を起こしていました。たぶん、そのモデムは関本さんの弔いをしていたのではないのかな? 摩訶不思議だよな・・・
関本さんのNEC C&Cは花形だった。Communication & Computerでしたっけ?
IBMはInternational Business Machines
DECはDigital Equipment Corporation
でしたっけ?
IBM -> HAL
ですよね?
ドイツの通信会社って、Bundes Telecom? だっけ? エンジニアは英語をしゃべっていたが、マニュアルはドイツ語じゃなかったっけ? Bundes Telecomが出すメッセージもドイツ語だったはず・・・
本当によく繋がったよな(1984年2月)?!?
青柳洋介
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