6/28/2009

たった一人の30年戦争 - 小野田寛郎

小野田さんは、オヤジより1歳年上。大正11年生まれ

オヤジは、戦後シベリアに抑留されて、昭和23年ごろ帰還したらしい・・・


細かいところは読まない・・・


昭和20年8月15日終戦          1981年入社

昭和29年5月島田伍長戦死(10年目)   1991年12月白幡死亡(11年目)

昭和47年10月小塚一等兵戦死(28年目) 2008年12月河村死亡(28年目)


小野田さんが投降しなかったのは、傀儡政権の罠だと思ったからではないの?


1975年ブラジルへ渡り、牧場経営。

1984年「自然と人間の共生」をテーマに、子どもたちのキャンプ「小野田自然塾」を開く。


事務局長三枝さんのあとがきより(平成7年8月)

小野田さんに聞いてみた。

「ルバング島へ行ってみたいと思いませんか?」

彼は暗く、沈んだ声でいった。

「木一本、砂一粒を見るのも嫌です。何ひとつ、楽しいことはなかったですから・・・」


フィリピンのジャングルで、たったひとりで、30年間も戦争していたら・・・


このような気持ちになるのは当然だろう・・・


それにしても、強靭な精神力と、肉体があってこそ、30年間も戦い続けることができたのだろう・・・

23才くらいから、52才くらいまで、ひとりで戦ったのか・・・


僕の場合は、24才から、53才まで? 不思議な気がする・・・


Aoyagi YoSuKe


///小野田

地元警察との戦闘では2人の部下を失い、最後の数年は密林の中、単独で戦闘を続行している。



今は、こんな感じなのかな?



最後だけは、たったひとりだったようだ・・・

最初は3人、10年目にひとり失い、28年目にもうひとり失い、そして、最後は単独で・・・


日本は、「戦後のけじめ」を付けないと、明日はない・・・

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