4/29/2010

千葉法相へ - 昭和の日

けじめをつけよ - ラストエンペラー 裕仁


法治システムが違憲状態のまま、放置されている。


時効延長の意味は?




勧善懲悪、仇討、地獄まで追いかける - リーズナブルでない


人間は社会的動物である。犯罪の責任の半分は社会にある - 犯罪心理学者


殺人犯にも、人権はある。殺人犯であっても、犯罪の責任の半分は社会が負うべき


よって、時効延長はリーズナブルな判断ではない


さらには、捜査員の負担は財政にとってもマイナス、税金で賄われる


仇討よりも、15年でけじめを付けて、未来志向・・・


被害者家族の怨念を晴らす役割こそ、宗教者の仕事 - 仏教&キリスト教



拉致問題は? 

慰安婦問題がらみの人権問題、歴史認識問題、教科書問題なども含まれる


未来志向になるためには、人権問題にけじめをつけて、歴史認識問題などで合意が取れることが前提です。


小泉の餓鬼のような所作をすれば、拉致問題解決にとっては、マイナス要因である。




また、ニホンザルが侵略をたくらんでいる。


そういう意味で、小泉の餓鬼の処分をすべきである。



皇国史観は憲法違反である。


思想・信条・信教の自由を汚している



亡国への教導者 日蓮

かくて、欽明天皇十年に仏教伝来をみるが、平安旧仏教に対し鎌倉新仏教の始祖たちは、仏を至高・至尊と仰ぐ見地から、仏法は王法に優越する仏法為本の立場を堅持している。親鸞・道元が王者不拝論を説き、日蓮もまた、世界は全て釈迦の所有であるとゆう釈尊御領観から、君主は釈尊に対して仏法に基づく政を施す責務があると提唱しているのである。


その歴史観についても、像法時の末から末法時の初めにかけて、仏法・王法両界において謗法が累積し、仏の治罰の対象になり、承久の乱における公家の敗北さらには王法の滅亡をもたらした事、この乱により政権が北条氏に移行してからも、謗法が乱前より増して、ついに仏の計らいによる蒙古の来襲を経て、国家滅亡を招くとされること、その後は、正法である法華経広布の世が来ると確信している。彼の世界観においては、釈迦一仏のみが衆生にとって親であり、師・主であると述べる。また、世界は釈迦の領土であって、神・王その属する者全てが釈迦の所従であり、あらゆる自然物もその所有物だとするのである。


つまり、仏法の前では、世間の道徳や法律等も無価値化され、国・神をもその仏教的秩序の中に組み込まれる。ところで、日蓮が邪教・邪宗として糾弾して止まなかったのは、法然・浄土宗だけでは無かった。その言動は、当代的自覚の強烈さから法華経の正法に基づけようと、立教開宗の当初から同時代の他の新興仏教を意識し、それを破却せんばかりの勢いであった。ただ、その激しさの割には、断固として法華経に基づくという以外に、客観的な根拠がある訳でも無く、絶対主義的支配を標榜する狂信的宗教家と言わざるを得ない。


また、民衆の現実の難に対しその教義を説く様は、社会・共産主義者による貧民の蜂起の煽動をも連想させる。

日本人のあるべき姿

親房は、天照太神の恩により稲種が世に伝わり、命の糧となる稲、水その他に対し皇恩・神徳と感謝する。「あるにまかせて」「不正に飲食」しては為らず、それは社会に於いても通じる基本的な考えだと説く。天地万物に対しても「これを敬うべし」と後代の人々に提示するのである。何気ない生の営みの中に、日本民族祖先以来の生活原理をみるのであり、神を尊ぶことによって、生の尊さを知るのである。日本人は神道に対し、無意識にではあるが、密接な関わりを持っている。


初詣を始め、商売繁盛・家内安全等の祈願、お祭り、七五三、結婚式、地鎮祭その他神事芸能まで、伝統的儀礼・儀式は後を絶えない。敬神崇祖尊皇は、精神文化発祥の原点をなすものと言えよう。神国に生まれ育った以上、私達の心に根付いて離れない「清き直き心」を大切にし、西洋的個人主義が横行する風潮の中で共同体の繁栄や平穏を祈る等、今こそ、これら神道的倫理を起想すべきではないか。神道とは、教へに非ず、我々が歩むべき「道」なのである。






小泉の餓鬼の靖国参拝

司法は責任をもって、断罪しなければ、世界に対して、顔が立たない・・・


処分は上から・・・

少なくとも、首相は処分しなければならない。逃してはダメ


これを見よ、なおかつ、軍服を着て、鉄砲を担いで、行進していた輩もいた・・・


これこそ、靖国の軍神を辱めた政治屋、小泉の餓鬼である。


これをもって、国家神道原理主義は違憲であるとともに、カルト宗教と断定された。


影のカルト宗教、オウム真理教を血祭りにあげた。


小泉一味を断罪しなければ、片手おちである - 裕仁






これが、小泉一味の法務大臣である。断罪せよ、サイバンインコ - 裕仁





















日本の国会議員が「違憲」の「靖国参拝」を強行した。

国家神道原理主義 => ファシズム、カルト宗教


法の番人であるべき最高裁は、カボチャ


裏に、オウムや、霊感商法が発生した。


犬は、取り締まれない・・・


最後に、地下鉄サリン事件が発生した。


この構造を暴露したのが、村上春樹の「アンダーグラウンド」・・


そして、「1Q84]で、お茶を濁した・・・


国家ぐるみ、上層部がグルになって、犯罪を隠した・・・




だから、国が腐った・・・


神さまを利用して、選挙運動しただけ。古の神話が現代政治に通用するはずがない・・・


区別ができない。頭が異常・・・


古に回帰無くして国家再生はあり得ず



小泉首相が、一月六日伊勢神宮に参拝、翌日付産経新聞のコラムでは「日本は神々の国である」と括り、同月十四日には、内外の反発を受けながらも靖国神社に参拝したのは記憶に新しい。


そして建国記念日の二月十一日には、「政府後援の式典は神武創業の意義に触れていない」として、独自の行事を開いている神社本庁や日本の建国を祝う会(会長拓殖大総長)等をはじめ、各地で紀元節の奉祝式典が執り行われた。祝日法により「建国を偲び、国を愛する心を養う」とした、意義のある記念すべき日だったのである。



日本国憲法こそ、金科玉条である


【金科玉条】きんかぎょくじょう

[揚雄、劇秦美新](金玉の科条(法律)の意)
最も大切にして守らなければならない重要な法律または規則。






日本国憲法 - 抜粋

日本国憲法

朕は、日本国民の総意に基づいて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

昭和二十一年十一月三日

内閣総理大臣兼
外 務 大 臣    吉田 茂

第2章 戦争の放棄
[戦争の放棄、戦力の不保持・交戦権の否認]
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第3章  国民の権利及び義務
第20条
[信教の自由、国の宗教活動の禁止]
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。


第23条 [学問の自由]

学問の自由は、これを保障する。

*[思想信条の自由]19条、[表現の自由]21条、[教育を受ける権利]26条、[不当な制限の禁止]破防3

[教育の方針]教育基本法2、[大学の目的]学教52、[大学の自治]教公特4-12、学教59


第25条 生存権「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

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