メスのイルカにとって、一番大事なことは充分に食べることだ。魚は栄養に富んでいて、たんぱく質と脂質が豊富だが、魚を捕まえるのは難しい。魚を食べるだけでは物足りないメスもいる。
ヤンという大型のメスは、沖のイルカだったが、研究を始めたころからいた。一九九一年に「ヨダ」という子を生んだ。私たちが初めてヤンと出会ったとき、ヨダは、すでに生後二、三か月だった。ヤンは健康に見えたが、若干やせていた。ヤンの具合は、観察していくうちに悪くなっていった。最初は背中と尾のつけ根にくぼみができて、首の周りにもくぼみができた。あばら骨も見えるようになり、呼吸も乱れてきた。
ヨダもやつれていた。他の子と違って、ヤンに寄り添っていて、ヤンのわき腹にベルクロのマジックテープで貼りついているように見えた。ヤンは動きまわって、必死にエサを探した。私たちに出会うと、ヤンは愛想よくボートに近づいてきて、あいさつだけしてエサ探しに戻った。しかし、ヤンは帳尻を合わせられなかった。ヤンの乳の出は最初から良くなかったが、乳の出がさらに悪くなっていき、ヨダがヤンのそばから消えた。ヨダは死んだのだ。数か月経つと、ヤンは回復して、元の体重に戻った。
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自分の時間を家族のために当てている今現在、モンキー・マイアの日々は過去のものになった。優秀でモチベーションの高い次世代の学生が、イルカの研究をしている。私が最初のころに感じたスリルを彼らも味わうならば、それは素敵なことだ。
目を閉じると、カンムリチャイロガラの歌声が聞こえてきて、イルカが闇から現れてきて、私を見上げる。だが、私たちの間には、透明で深遠な壁が立ちはだかっている。別の惑星から異星人が来るように、私たちも異世界から来て簡単に出会えるし、共有しているものもたくさんある。たとえば、私たちは互いに好奇心が強いので、出会いを妨げる恐怖心には負けない。
あなたは何?
あなたは誰?
質問に対する答えは、私たちの間に横たわっている長い歴史の中にある・・・進化したものとしてと、個人としての両方に。
私たちの人生は山あり谷あり。生まれてから、子ども時代を過ごし、長い大人の時代になって、人生は大きく様変わりする。喜びも不満もあれば、幸運も不運もある。人とイルカは、種としては近くないが、どちらも複雑な水路の航行術を身につけた。愛したり嫌ったり、与えたり与えられたりしながら、理解し合って、友達になって交際した。私たちは長く複雑な歴史を同じ意図で今の瞬間に重ね合わせられる。
「友達になれるよ。やあ、あなた、どちら側にいたとしても、私たちの心とスピリッツは大差ないよ!」
カンムリチャイロガラのベルが鳴ると、イルカの姿は私の想像の世界から消える。小さな窓を通した私たちの出会いは、小さな点となり過去へ消えて行くが、その音とイメージが私を強く引きつけて、私をシャーク湾へ引き戻そうとする。近いうちにバックに荷物を詰めて、夫と子どもたちをオーストラリアへ連れて行くかもしれない。イルカたちと友情の火をふたたび燈して、私の家族と野生のイルカといっしょになって、胸がときめく触れ合いをするかもしれない。
校正)精神 -> スピリッツ
私たちの心とスピリッツは大差ないよ
俺たちの心と酒好きは大差ないよ - のんべい
だろ?
ゆえに・・・
訳者あとがき(素案)
翻訳家の仙名紀さんがブログにアップしたイルカ本。面白そうだったので、翻訳してみたいと手を上げた。出版社との出会い系サイトに翻訳企画を掲載したが、半年たっても音沙汰なし。あきらめようかと迷っているときに、下北沢の飲み屋で女の子たちが話しているのを見ていて、女の子たちが「イルカ」に見えた。翻訳作業は下北沢近辺のイルカ娘や、イルカ男たちと飲みながら進めたが、世田谷・池ノ上のジャズバーMのママPさんや、従業員のKちゃんのお世話になった。また、下北沢の沖縄バーNのママKさんや、従業員のAちゃん、Mちゃんのお世話になりっぱなし。うるさい酔っ払いイルカ男のお相手、どうもありがとうございました。その他にも、池ノ上や下北沢のたくさんの方々と楽しくやりながらの翻訳作業でした。まるで、下北沢近辺がオーストラリアのモンキー・マイアのように感じることもありました。だって、イルカ娘やイルカ男がたくさんいるんだもの。
翻訳家の仙名先生は厳しい方で、コツしか教えてくれません。しかも、暗号のようなものが多いです。たとえば、翻訳ツールとして、編み物の道具などを推薦してくれます。お世話になりました。
そして最後に、この素晴らしい本の原作者、
レイチェルさん、カンパイ!
本のクリエイター 青柳洋介
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