血の掟だろ?
ハンニバル・レクター(Hannibal Lecter)は、『羊たちの沈黙』等、作家トマス・ハリスの複数の作品に登場する架空の人物。精神科医にして連続猟奇殺人犯。殺害した人間の臓器を食べる異常な行為から「人食いハンニバル」(Hannibal the Cannibal、ハンニバル・ザ・カニバル)と呼ばれる。
来歴
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
1938年リトアニア生まれ。彼自身の認識によると、父方の祖先はイタリアの名門貴族、フィレンツェのマキャヴェッリ家とミラノのヴィスコンティ家の血を受け継ぐジュリアーノ・ベヴィサングエという12世紀トスカーナの人物に遡る。また母方もやはりヴィスコンティ家の末裔らしい。スイスの高名な画家バルテュスとは従兄弟の関係であると言われる。先天的に多指症という障害があり、指が6本あった。ただし多指症の部分は、映画では一切描かれていない。
幼少期
2歳で文字の読み書きを覚え、6歳までに英語、ドイツ語、リトアニア語の3ヶ国語を習得する。8歳の時、家庭教師であるヤコフから記憶の宮殿を用いた記憶術の指導を受ける。一貫して妹ミーシャを溺愛する。 第二次世界大戦中の1944年、東部戦線の拡大と共に避難を余儀なくされたレクター一家は別荘へ避難するがそこでドイツ軍とロシア軍(戦闘機)との戦闘に巻き込まれ両親が死亡。妹ミーシャと二人きりになるが、大寒波に覆われリトアニアの対独協力者たちと別荘で暫く生活を共にする事になる。しかし食料が尽きた事による飢えを満たすため、独協力者達は衰弱が甚だしいミーシャを殺害し食料にする。この体験が、後の彼の異常な人格を決定的にしたとされる。別荘が破壊された混乱に乗じて逃走、雪の森の中を彷徨っている衰弱しきったハンニバルをロシア軍が保護した。
少年期
レクター城は接収され戦争遺児の施設として使われる。これでレクター家の貴族としての歴史は事実上途絶える事になる。ハンニバルも多数の戦争遺児と共にそこに収容されるが、別荘での一件以来、失語症になっていた上に、度々夜驚を起こしていたレクターは、誰とも交友関係を結ぼうとせず、一日の大半を一人で過ごし、他の戦争遺児たちから疎まれる存在になる。施設を管理する人間に常々反抗的な態度をとっていたハンニバルは、素行不良として目をつけられ孤児院から脱走。母親が保管していた書簡を頼りにフランスに渡り、叔父のロベール・レクターがハンニバルを引き取った事で故郷リトアニアでの生活は幕を閉じる。
青年期
ハンニバルは高名な画家である叔父ロベール・レクターとその妻紫夫人の元に生活を始める。レクター夫妻がハンニバルの失語症を治療するために門をたたいた医学博士はハンニバルに対し催眠治療を試みるが、催眠はかからず治療は果たせなかった。しかし博士は治療の過程でハンニバルが同時に複数の思考を行う能力を持つ事を見抜く。ロベールはレクターにアトリエを与え絵画の手ほどきを加え、紫夫人は日本語や和歌など日本文化の素養を身につけさせた。ある日ハンニバルが紫夫人と市場で買い物をしていると、肉屋が紫に対し野卑な言葉をかけたためハンニバルは肉屋に暴行を加えた。この一件が叔父の耳に入り激昂、肉屋を杖で打ちつけている最中に持病の心臓発作を起こし死亡。ハンニバルは報復の為に紫が所有していた日本刀を持ち出し肉屋を殺害、更にその頬を食する。これが彼が犯した最初の殺人になる。この事件を境にハンニバルは失語症から回復するが、同時にパリ市警の警視、ポピールがハンニバルの怪物性と紫夫人の魅力に注目する契機ともなった。
叔父亡き後、未亡人となった紫と暮らすことになったハンニバルは医科大学へと進み、解剖学を学ぶ。ハンニバルは自身の類まれな才能を遺憾なく発揮し始める。精巧な解剖図によって解剖学教授の信頼を、スケッチを販売することで生計手段を獲得。さらに幼少期に会得した記憶の宮殿による記憶術が彼の学習を助けた。ハンニバルは失われた記憶を取り戻すべく、入手した薬物と音楽による自己催眠によって別荘の惨劇の記憶(の一部)を甦えらせ、妹ミーシャを殺害し食した一味達の顔を完全に思い出した。ハンニバルは報復、復讐へと行動を移し連続殺人を犯す。首謀者殺害時にミーシャに関する記憶の最後の部分を取り戻し、これが後の人格形成に決定的な影響を与える事になる。事件後肉屋の殺人事件からハンニバルをマークしていた警察により逮捕、拘留されるが、この連続殺人が「戦争が生んだ悲劇」と大々的に報道され、運よく世間の同情を惹く事もできたハンニバルは釈放。残り一人の行方を追ってフランスを離れ単身アメリカへと渡る。(『ハンニバル・ライジング』)
渡米後
成人後アメリカに渡り医学を修得。しばらくは病院の救急外来嘱託医などをしていたが、1970年ごろに独立、精神科を開業した。その治療手腕は評判となり、多くの有名人や上流階級の人間が患者となった。こういった人種との享楽的な付き合いや非常識ぶりが、彼の眠っていた欲望や凶暴性を目覚めさせたらしく、自分の患者を殺害してはその肉を食うという連続猟奇殺人が始まった(『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』)。
1975年3月22日、患者であったボルティモア・フィルハーモニック・オーケストラのフルート奏者、ベンジャミン・ルネ・ラスペイルを殺害した際には、彼の臓器を調理して、ゲストとして招いたオーケストラの理事たちに振舞った(『レッド・ドラゴン』)。
1978年、レクターの「ちょっとした遊び心」が原因となってFBIの捜査顧問であったウィル・グレアムに犯行を突き止められ、グレアムに瀕死の重傷を負わせて逃亡。それからの9日間で更に3人を殺害している(『レッド・ドラゴン』)。
1979年、ようやく逮捕され9人に対する第一級殺人罪で起訴された。ところが拘置されていた精神病院で、拘束を解かれた一瞬の隙を突いて看護婦に噛み付き、その顎を噛み砕き舌を食いちぎり咀嚼した後、嚥下。あまりの凶暴かつ異常な行動に、裁判所はチェサピーク州立病院ボルティモア精神異常犯罪者診療所への終身拘束を決定。狭い独房に閉じ込められることになったが、料理書からファッション誌まで多数の書籍を購読、最厳重監視病棟の囚人の身ながら、臨床精神病理学会誌や精神医学会誌に論文を発表するなど、世間に影響を与え続けた(『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』)。
1981年、グレアムは連続殺人犯フランシス・ダラハイドの捜査協力をレクターに求めてきたが、レクターは逆にダラハイドをけしかけてグレアムと家族を襲わせた。命は助かったものの、グレアムは顔をズタズタに切り刻まれる重症を負った(『レッド・ドラゴン』)。このように、レクターには他人を心理的に操作して罪を犯させる驚異的な能力があるとされる。
1983年、連続誘拐殺人犯ジェイム・ガム「バッファロー・ビル事件」に対する捜査協力を求めてきた、当時FBIアカデミーの学生であったクラリス・スターリング捜査官の訪問を受ける。彼女に関心を抱いたレクターは、ガムに娘を誘拐されたマーティン上院議員への情報提供の見返りとして条件の良い特殊監房に移ったが、2人の看守を殺害して逃亡。バッファロー・ビル事件解決時には南米にまで逃れた(『羊たちの沈黙』)。また目立たなくするためか多指症を手術し6本目の指を取り除いている。
イタリア
1990年、イタリアへと渡ったレクターはカッポーニ宮の司書を殺害し(失踪扱い)自分でその席に収まる。ダンテ研究者のフェル博士を名乗りフィレンツェに居を構える。この時は峻厳をもって鳴る専門家連中を満足させるほどの深い知識を披露したり、カッポーニ宮の蔵書や銀行家の往復書簡を読み漁り、ドゥオモの修繕や、テルミンを奏でるなど生活を満喫している。前司書の失踪事件を捜査していたリナルド・パッツィ刑事は、彼を連続殺人鬼ハンニバル・レクターではないかと疑い、レクターの元患者で、瀕死の重傷を負わされた資産家メイスン・ヴァージャーが出していた懸賞金目当てに単独で捜査を開始するも、ヴェッキオ宮殿でパッツィの先祖の例に倣い、レクターに絞首により殺害される(『ハンニバル』)。
再びアメリカへ
タトゥラー誌でクラリス・スターリングがマフィアの女ボスを射殺したことでFBI内から孤立している事を知ったレクターはスターリングに手紙を送った後、ツアー旅行者に紛れ込み再び渡米する。メイスン・ヴァージャーとの決着をつけるべくアメリカで潜んでいたレクターだったがスターリングの車に誕生日プレゼントを入れようとしていた所をヴァージャー一味が放った麻酔銃が当たりその場に昏倒、拉致される。レクターを追っていたスターリングからナイフを受け取り窮地を脱するも、今度はスターリングが麻酔銃で負傷、大量の薬物によって意識混濁となったスターリングをレクターが治療し一命を取り留める、そこでレクターはスターリングの傷の治療をすると同時にFBIでスターリングの悩みの種だった上司のポール・クレンドラーと「会食」することで彼女の心の傷も治療する。愛する父親の死をついに受け入れトラウマを克服したスターリングが、今度はレクターのトラウマである妹ミーシャの存在の場をスターリング自身の中に作り「記憶の宮殿を共有する」という形でレクターの傷を癒し、共依存的な関係を構築する。その後レクターはスターリングと共に失踪、スターリングが友人に宛てた手紙を最後に消息を絶つ。(『ハンニバル』)。
公開上映された映画ハンニバルのラストは、レクターの看病を受け、朦朧の状態にありながらも愚直にも職務を遂行しようとしようとするスターリングに一瞬の隙を突かれ手錠をかけられ捕縛されてしまうも自らの手首を切断し逃亡、機上の人となる。
※年数表記は『羊たちの沈黙』の原作を中心とした前後関係に基づく。なお全ての作品が映画化されているが、映画版は製作時期の差により原作とは多少異なる時代設定となっている。
趣味・嗜好
人の死肉(特に内臓)を異常に好む(カニバリズム参照)。その部分は多く描かれている。性的嗜好などについては不明な点が多いが、クラリス・スターリングについては、女性としてではなく特別な思い入れがある様子を時折のぞかせる。
連続殺人犯ではあるが、認めた相手には紳士的に接する。彼に敬意を持って接した看守とは会話も交わし、ボルティモアに収容時には自分の隣の囚人ミッグスがバッファロー・ビルの捜査中だったクラリスを辱めた際に、今までの態度を一変させてクラリスに事件のヒントを教えた。ちなみにミッグズはレクターに「会話」で追い詰められ自殺する。いわゆる「人食い」についても「食べるときは世に野放しになっている無礼な連中を食らう」というセリフがみられる。
対面している人物が普段使用している化粧品などの匂いを嗅ぎ分け、そのブランドや銘柄を正確に言い当てるほどの動物的嗅覚を持つ。他人が身に着けている時計の皮バンドの匂いを嫌がったり、フィレンツェで「サンタ・マリア・ノヴェッラ」のオリジナル・コロンを使ったり、同店でクラリスに贈る石鹸を買っていたりと香りに造詣が深い。
機内食は口にしないほどの大変な美食家。料理も得意で犯行にも取り入れられている。ワインや高級食材だけでなく、食器にもこだわりを持つ。
非常に高度な知的能力を持ち、専門の精神医療に関する豊富な知識だけでなく、高等数学、理論物理学、古文書学、美術、古今東西の歴史にも非常に詳しい。また語学にも通じているらしく、イタリア人のパッツィが違和感を全く抱かないほど自然なイタリア語を操る。
聴いている音楽はクラシック。グレン・グールドの演奏するバッハのゴールドベルグ変奏曲がお好み。『レッド・ドラゴン』ではオーケストラで稚拙な演奏を披露したフルート奏者を殺害、調理している。「ハンニバル」では路上でトランペットを演奏していた青年に投げ銭を行っている。
車の運転が好きであるという能動的な一面もある(スーパーチャージャー付ベントレーやジャグァーXJRスーパーチャージャー等)。
また、「ハンニバル」のパッツィ刑事殺害に使われるナイフはスパイダルコ社製の実在するモデル(C08 - Harpy )である。 小説版では同社のナイフを数本購入する描写があり、何らかの思い入れがあるようである。
会話の中でスラングを多用する。「ハンニバル」での「Would you like a popper?(もっとハイになりたい?)」や「Okie Dokie!(OK!と同意)」、「TATA(バイバイ)」など。話術が非常に巧みで、ウィル・グレアムの弁では「弁舌が専門用語とスラングだらけでわけがわからない」「会話で人を煙に巻く癖がある」という。
登場作品
『レッド・ドラゴン』(Red Dragon)
1981年に出版。1986年に『Manhunter』の題名で映画化(邦題『刑事グラハム/凍りついた欲望』、ビデオ改題『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』)。2002年に原題で再映画化。
『羊たちの沈黙』(The Silence of the Lambs)
1988年に出版。1991年に映画化。映画作品については『羊たちの沈黙』を参照。
『ハンニバル』(Hannibal)
1999年に出版。2001年に映画化。映画作品については『ハンニバル』を参照。
『ハンニバル・ライジング』(Hannibal Rising)
2006年に出版。2007年に映画化。
上記は出版順で、映画上映順としては下記となる。
1986年、『Manhunter』
(原作『レッド・ドラゴン』、映画邦題『刑事グラハム/凍りついた欲望』、ビデオ改題『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』)
1991年、『羊たちの沈黙』
2001年、『ハンニバル』
2002年、『レッド・ドラゴン』(原題で再映画化)
2007年、『ハンニバル・ライジング』
俳優
映画化作品においてハンニバル・レクターを演じた最初の俳優は1986年『刑事グラハム/凍りついた欲望』のブライアン・コックスであった。しかしハンニバル・レクター役で最も有名なのは、『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『レッド・ドラゴン』で演じたアンソニー・ホプキンスである。『羊たちの沈黙』の演技により、彼は初のアカデミー賞主演男優賞を受賞した。
2007年に映画が公開された『ハンニバル・ライジング』では新しく若手の俳優ギャスパー・ウリエルが起用され、ホプキンスは出演していない。ホプキンス自身は『世界最速のインディアン』公開での来日時、各映画雑誌などに「もうレクターはこりごりだよ。」と語っている。
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