コスプレサミットからカワイイ大使まで――外務省のポップカルチャー外交
(写真は外務省提供) |
12月30日、世界最大規模の同人誌即売会コミックマーケット(コミケ)で行われたシンポジウムで、外務省中東アフリカ局中東第二課長の中川勉氏が漫画やアニメなどを利用したポップカルチャー外交の現状を語った。【堀内彰宏】
●パリのJapan Expoの盛り上がり
中川 今日は漫画やアニメといったポップカルチャーを活用した外交として、外務省がどういったことをやっているのかということを話したいと思います。
まず、毎年7月にフランスのパリで開かれているJapan Expoというイベントからお話ししましょう。ノールヴィルパント展示会場というところで行われています。ここは、「日本のコンテンツがどのように海外で受けているのか」ということを実際に肌で感じることができる場になっています。
Japan Expoは2009年で10回目で、日本国外で開催されている漫画、アニメのイベントとしてはおそらく世界最大だろうと思います。基本的には漫画やアニメ、DVDといった関連グッズの販売が中心となっています。フランスで漫画本は1冊7ユーロくらい、今のレートで1000円くらいです。これが高いか安いかはちょっと難しいところなのですが、売れ筋は日本と変わりません。『NARUTO』と『ONE PIECE』が人気で、初版で5万部、売れて20万部といった感じだそうです。
Japan Expoの最大の特徴は、何と言ってもその規模です。2008年の入場者数(4日間)は14万人で、2009年は16万人を超えました。3日間で56万人というコミケの規模には及びませんが、場所がパリということ、そしてそこに日本の漫画やアニメを求めて16万人のフランス人が集まっているということはすごいことなのではないかと思います。雰囲気はコミケとよく似ていますね。
Japan Expoでは日本の音楽(J-POPやカラオケ)やファッション、食(たこ焼きやラーメン)も紹介されていて、漫画やアニメにとどまらず、集まってくる人たちの関心がどんどん広がっています。日本の総合文化の紹介の場みたいになっているということです。主催者が日本に来たときにバッティングセンターに興味を持って、「ぜひこれを持ってきたい」ということで、今回はバッティングセンターのブースまで作っていました。
1つ強調したいのは、こうした大型イベントというのはJapan Expoだけではないんですね。世界中でこの手の大型イベントは多くあり、入場者数が数万人規模のものではスペイン・バルセロナの「Salon del MANGA」、イタリア・ローマの「ROMICS」、米国の「Anime Expo」「Comic-Con International(コミコン)」「Otakon(オタコン)」などがあります。欧州や米国の主要都市なら、1000〜2000人規模のイベントはだいたいあるのかなと思っています。
ここでみなさんに考えてほしいことなのですが、こういった日本の漫画やアニメの大型ファンイベントに集まってくる外国の若い人たちは、いったいどのような日本のイメージを持っているかということです。みなさんが「自分たちがこういう風に見られているんだろうなあ」と思っているイメージとは変わってきている可能性があるのです。
Japan Expoに集まってきている人たちに「日本と言われて、何を思い浮かべる?」と聞くと、彼らが最初に思い浮かべる光景は富士山でもないでしょうし、浅草の雷門でもないんですね。おそらく、渋谷のスクランブル交差点だったり、秋葉原の万世橋だったりすると思うのです。
つまり、外国の若い世代の間では、ポップカルチャーを通じて新しい日本のイメージができつつあるということなんだと思います。これを外交においてどう生かしていくか、それがポップカルチャー外交の出発点だと思っています。
●対市民外交としてのポップカルチャー外交
中川 ポップカルチャー外交の基礎には「パブリックディプロマシー(対市民外交)」「ソフトパワー」という考え方があります。パブリックディプロマシーというのは、「政府だけを外交の相手とするのではなくて、一般市民も外交の直接の対象としてアプローチしていったらいいのではないか」という英国で始まった考え方です。そして、長期的に考えた時の有望な働きかけの対象として、青少年層が非常に重要だということです。
一般市民に対する働きかけをする時に重要だと言われているのがソフトパワーなのですが、「ソフトパワーって何なの?」というと文化や価値観といったものです。ハーバードの先生なんかによると、「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力だ」とされています。憧れや魅力といったものがソフトパワーの源泉なんですね。
冒頭で説明したように今、世界中の若い人たちが日本の漫画やアニメに対して強い憧れや期待、好意を持っています。そういう人たちが漫画やアニメだけではなくて、日本のほかの文化、日本人、日本に対しても敬意や信頼を持つようになるという事態が起こるとしたら、日本にはものすごいソフトパワーがあることになる。日本は世界の中でソフトパワー大国だと誇れるではないか、ということです。
●世界55カ国から応募が来た国際漫画賞
中川 日本のソフトパワーを実際の外交にどう生かしているかということですが、いくつかの施策を具体的にやってきています。
簡単にご説明すると、まず「国際漫画賞」です。海外で日本スタイルの漫画を普及させるために、外国人の漫画家を表彰しようということで始まったものです。“日本スタイルの漫画”というのは4コマ漫画や風刺漫画というよりも、むしろストーリー性のある漫画と考えています。
これまで3回やってきて気付いたことというのは、アジアや欧米といった漫画の先進国だけではなくて、中東やアフリカといったところからも日本の漫画に憧れる多くの若手の漫画家が応募してきているということです。第3回は世界55カ国から応募がありました。
ただ、申し訳ないのですが、最優秀賞をとっても賞金は出ません(笑)。その代わり、受賞者は日本に来て、彼らが子どものころから憧れている大家と言われる漫画家に会えるといったことが国際漫画賞のウリです。
●ドラえもんをアニメ文化大使に
中川 「アニメ文化大使」というものもやっています。実際に何をやっているかというと、映画『ドラえもん のび太の恐竜2006』を上映しています。過去1年間、60カ国で105回上映しました。1本の映画を特定の期間、集中的に世界中で上映するというのは初めての試みだと思っています。
映画を上映することはよくある文化事業で、アニメについても日本の大使館や総領事館でよく上映しています。ただ、「アニメ文化大使事業が今までの映画上映事業と何が違うのか」ということなのですが、それは誰が見ても「これが日本だよね」「これが日本のキャラクターだよね」と言えるドラえもんに大使になってもらっているということです。また、ドラえもんの映画を見てもらって、「ああ面白かった」「楽しかった」だけではなくて、そこから日本のことをもっと知ってもらいたい、好きになってもらいたいという明確な意図を持って、上映事業をやっているということです。
●40万人が集まる世界コスプレサミット
中川 続いて、「世界コスプレサミット」です。ここまでいくと、「外務省はいったいどこまで本気でやっているのか?」「趣味だろ」と言われることもよくありますし、かなり境界線に近いのですが、私としては至って本気なんですね。異論はあるかもしれませんが、「コスプレぐらい日本と外国の受け止め方が違うものはないのではないか」という気がしています。外国ではコスプレそれ自体が1つの文化みたいな形になっていて、確固たる地位を築いているように思うのです。
世界コスプレサミットは2009年で7回目なのですが、世界15カ国で予選をやっています。なぜ15カ国かというと、(それ以上の国が出場するための)本選のキャパがないんですね。いろんな国から「出たい」という応募がたくさんあるのですが、「申し訳ありません。本選のキャパがないので、15カ国に絞らせてもらっています」というのが現状です。各国で予選をやって、各国チャンピオンが8月に名古屋に集まって、世界大会をやっています。
何がすごいかというと、各国の予選会に集まってくる人たちの数を足し合わせると40万人と「ホントかよ」という数字になるんですね。Japan ExpoでもSalon del MANGAでも、そういった大型イベントで一番観客が集まるのはコスプレショーなんですね。世界中のコスプレショーに出ているコスプレイヤーたちが、すごく憧れて目指しているのは実は日本の名古屋なんです(笑)。サッカーのワールドカップやテニスのウィンブルドンぐらいの価値があるのではないかなと思っているのですが、日本国内でもそのくらいの評価をしていただけたらなと思っています。
●カワイイ大使で日本のファッションをアピール
中川 最後に「カワイイ大使」という試みがあります。最初に話しましたように、今、日本のポップカルチャーに対する関心というのが漫画やアニメから、J-POPやJ-FASHIONへとどんどん広がっている現状があるので、「それを積極的に後押しできないか」という狙いがあります。
Japan Expoなんかに行くと、もちろん一番多いのはコスプレイヤーなのですが、そのコスプレイヤーに混じって、「ここは渋谷か原宿か」と思うような、ストリート系やガールズ系のファッションをしている人たちであふれているんです。
しかし、そんなに日本のファッションに対する関心が高いにもかかわらず、日本のファッション業界は海外に目を向けていないんです。「日本のアパレルを欲しい、着たい」という人はたくさんいるのに、ものが出てこないというのが現状です。
「これは何だか20年くらい前の日本の漫画やアニメを取り巻く状況に似ているかな」という気がします。その時に漫画やアニメで何が起こったかというと、海賊版や違法コピーの氾濫だったと思います。このままだと日本のファッションに対する今の関心というのは、一時的なもので終わってしまうのではないか、これ以上広がらないのではないか。そこで、カワイイ大使を登場させて、事態を打開しようということなのです。
カワイイ大使を選ぶ時に「何が一番大事か」と思ったかというと、ドラえもんと同じで「説明がいらない」ということです。それを見たら誰しもが日本だと分かる、そういうファッションのジャンルを選びました。キワモノ系のファッションだと批判されることもあるのですが、カワイイ大使として任命した制服ファッション、ロリータ、原宿系というのは、実は外国の人たちからすると、説明を要することなく、「あっ、カワイイ」という言葉を通じて日本と直接結びつくイメージがあるのです。
●効果測定が難しい
中川 今までいくつかポップカルチャー外交の施策を説明してきたのですが、他方でまだまだ課題というのはあります。最大の問題は各事業や施策の効果が中々測定できない、証明できないということです。
事業仕分けというものがありましたが、仕分け人に「こんなことやって何の意味があるんですか?」「どんな効果があったんですか?」「数字を示してください」なんて言われてしまうと、「ごめんなさい。ちょっと苦しいです」ということになります。しかし、プレスに取り上げられた回数や、イベントへの動員数などを考えると、従来の文化事業とは比較にならないほど大きな効果があると思っています。
また、効果測定が難しいということとも関係しますが、いろいろやってみると「結局、何のためにやっているのか」が怪しくなってくることがあるんですね。というのは、事業効果としてすごく実感できるのは、(対日感情の向上というより)コンテンツの普及や振興、発信といったことなんです。しかし、このコンテンツの普及や振興というのは、実は外務省の仕事ではなく、文化庁や経済産業省の仕事なのです。ここもある意味割り切りの世界で、コンテンツが普及したり、広がったり、愛されたりしていないと、そのコンテンツを活用する文化事業というのは効果がないわけですから、「コンテンツの普及や振興、輸出促進などは文化事業と表裏一体と考えてもいいのではないか」という気はしています。
最後に、ポップカルチャー外交の意義として、「これまでの通常の外交活動では見えてこなかった人たち、潜在的な日本ファンというのが世界中のいろんなところにいろんな形でいるんだなあ」と分かってきたということが挙げられます。そうした潜在的な日本ファンを掘り起こして、よりコアで積極的な日本ファンにしていくということが、私たちのこれからの課題なのではないかと思っています。
せっかくコミケに来たものですから、コミケへの期待を語って終わりたいと思うのですが、日本の漫画やアニメがソフトパワーになっているのは、それぞれの作品が魅力的であり、憧れるものであるからだと思います。だとすると、日本の漫画やアニメが今後もずっとソフトパワーたりえるために何が必要かというと、絶え間なく次から次へと新しい魅力あるコンテンツが生まれてこないといけないということです。「その活力の源というのが多分このコミケにあるんだろうなあ」と思っています。
Japan ExpoやSalon del MANGAの例を何回も挙げましたが、こうした大型イベントでは必ず同人誌を紹介するエリアや販売するエリアが隣接して設けられています。まさにフランス版、スペイン版のコミケといった感じなんですね。そしてそこに集まってくる人たちが憧れて目標にしているのが、この東京ビッグサイトでの夏と冬のコミケだと思っています。世界中のアニメファンが聖地と思って、「一生に一度でいいから来たい」と思っているのではないでしょうか。コミケがいつまでも活力のある場として存在し、また世界中の漫画やアニメファンに対しても開かれた場であってほしいと強く願っています。
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