http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20090331/190605/?P=1
「水ビジネス」が未来を潤す(前編)
水を巡る戦いは始まっている
飯野将人、堤 孝志 【プロフィール】
水ビジネス 水ストレス 水不足 資源 逆浸透膜 エネルギー インフラ
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前回連載からお休みが長くなってしまった。このところ筆者も本業が忙しく本連載がお留守になってしまったが、ご容赦願いたい。今回は水ビジネスについて。
あるところにあるが、ないところにはない水資源
日本で暮らしていると、水不足を感じることはない。水道の蛇口をひねれば水が出てくるし、大抵の場合そのまま飲める。だが世界全体では水不足という。拙訳書『クリーンテック革命』でも石油に加えて今後水が貴重な資源になるとされる。
水は地球全体で約14億立方キロメートルある。膨大に感じるが、そのほとんどは海水であり、淡水で人間に利用できる量はその1%に満たない。

出典:国土交通省土地・水資源局水資源部「平成19年版日本の水資源」
100万人当たりの年間の水需要は2000年時点で4000キロ立方メートル(SHI and UNESCO(1999))。1人当たりでは4000立方メートルの水が必要ということだ。
一方1人当たりの水資源量を世界平均にすると8000立方メートルとなり、世界中でならしてみると足りていることになる。しかし水資源量世界最大のカナダの国民が1人当たり9万立方メートル保有するのに対してエジプト、シンガポール、サウジアラビア、クウェートでは1000立方メートルに満たない。
水は「あるところにはあるがないところにはない」という、偏在した状況にあるということだ(国土交通省土地・水資源局水資源部「平成19年版日本の水資源」)。
このような国際的な資源の偏在は物理的には融通し合うことで解決できるはずだが、一口に「融通」と言っても利害や安全保障の関連性から一筋縄ではいかない。水は貴重とだが長距離を輸送するコストに見合う付加価値を見込むのが難しい資源でもある。
水問題は地域ごとに完結した地産地消の枠組みで考えざるを得ない。
水ストレスを感じる人間
この結果、今日約7億人が「水ストレス」を感じている。
水ストレスとは1人当たりの最大利用可能水資源量が1700立方メートル以下の状態を指す。これはヒト1人が1年間生きてゆくのに4000立方メートル要るところ1700立方メートルしかないということだ。
また生活スタイルの変化に伴って1人当たりの水需要は2025年には3割増の5200立方メートルに増加すると見込まれている。そして2050年には水不足に直面する人口が10億人に達すると予想されているのだ(国連開発計画=UNDP=「Human Development Report 2006」)。

出典:SHI and UNESCO (1999)
地球温暖化も影響を与える。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書によれば、今世紀半ばまでに年間平均河川流量と水の利用可能性は高緯度やいくつかの湿潤熱帯地域で10~40%程度増加する一方、中緯度及び乾燥熱帯地域で10~30%程度減少すると見込まれる。
そして中央アジア、南アジア、東アジア及び東南アジアの淡水の利用可能性は特に大河川の流域で減少する可能性が高く、人口増や生活水準の向上とも相まって2050年代までに10億人以上の人々が悪影響を受けるとされる。
世界全体では水不足は深刻だ。
水はエネルギーや食糧とも密接に関わりがある。人口が増える地域では食糧需要が増え、これに応えるべく食糧供給を増やせば、農業用水の消費が増える。水不足の悪化要因になる。またエネルギー消費も増加する。これを温暖化ガス排出の抑制のためにバイオ燃料の生産を増やすとすれば、それは水消費の増加要因になる。一方海水の淡水化は後に説明する要因によってエネルギー消費を増やす要因となる。水とエネルギーと食糧は連鎖関係にあるのだ。
「バーチャルウオーター」に頼る日本の水事情
ところで我が国は1人当たりの年間最大利用可能水資源量3337立方メートルと年間需要を下回っている計算になるのにその実感は乏しい。なぜだろう。
食糧自給率が低く輸入に頼る我が国は食糧とともに水を輸入しているという考え方がある。「バーチャルウオーター(仮想水)」という考え方で、輸入された食糧の生産に国外で費やされた水も、国内の水消費と合算してカウントする。
この試算によると2000年に600億トン強を輸入していることになり(日経本紙、2008年5月11日)、同年の日本の水使用総量(870億トン)並みの水を仮想的に消費している計算になる。
これは、我が国が食糧を輸入から国産に全面シフトした場合、そっくりそのままこの水量が不足する可能性があるということだ。国内の工業と農業が水を奪い合うことになる。
これを理解するため、ここまで見てきた水の供給サイドに対して需要サイド、すなわち水の使われ方がどうなっているかを見てみよう。世界銀行の2001年の報告書のデータによると世界の水需要は次のようにまとめられる。

植物の生育に水が欠かせないことを考えれば、農業用水が工業用水を大きく上回っている(3倍強)のは理解できるが、注目すべきは農業と工業の消費割合が先進国と発展途上国で大きく異なっていることだ。
先進国では工業用水が59%を占めるが、発展途上国では82%が農業用水である。途上国が農業から工業中心へと産業をシフトしたらどうなるだろう? 産業シフトが急激に進む中国、インドなどでは既に産業間での水の奪い合いが始まっている。
加えて、水は消費したらそこで終わりではない。使われた水は供給サイドに戻っていく。循環しているのだ。我が国も経験した通り工業化が進むと水質汚染につながることが少なくなく、さらに水不足や水資源の争奪戦を加速させる懸念もあるのだ。
水不足を解決する=ビジネスチャンス
このように水不足は日本国内の生活実感に反してグローバルには深刻な問題だ。しかも水は人間の生死に直結する。水作りの技術やサービスの需要が高まり、水ビジネス全般を活発にしている。
水ビジネスのバリューチェーンは「水浄化」「水プラント」「水道インフラ」に大きく3つにまとめられる。
「水浄化」では自然に存在する水を浄化するための膜やポンプ、薬品など各種要素技術が中心。
「水プラント」は要素技術を組み合わせて構築した「水の工場」関連。
この水工場に加えて、物流のための水道管などのインフラを所有・維持し水を生産し家庭や企業などに供給するのが「水道インフラ」である。
後述する通り水道インフラの市場が圧倒的に大きく、我が国でも水道事業の民営化が進めばさらに大きくなる可能性を秘めている。
出典:『次世代環境ビジネス』(尾崎弘之、日本経済新聞出版社)を参考に著者が作成
身近な大水源=海水を濾す「ろ過膜技術」
日本では通常、水は河川などから淡水を採取し、ろ過浄化して供給される。しかし水不足の地域では淡水の水源が足りないので、どこかから水を持ってくる必要がある。そのような地域の水源として身近で大量にある海水を淡水化するのである
海水の淡水化技術で注目を集めるのは逆浸透膜だ。逆浸透膜とは表面に1ナノメートルにも満たない穴が無数に開いているろ過膜のこと。水は通すが塩分や不純物は通さない半透膜である。
この膜の片側に淡水、もう一方に海水を入れると、学校で習った通り通常は淡水から海水へと水分子が移動し、濃度を一定にしようと圧力が働くのだが(浸透圧)、海水側に浸透圧よりも強い圧力をかけると、海水側から淡水側に水分子が移動し、膜で濾(こ)されて不純物のない淡水を作ることができるという仕組みだ。
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隠れた巨人「ウォーターバロン」
水ビジネスで無視できないのは、ウォーターバロン(水男爵)と呼ばれる巨大な水道事業者だ。仏ヴェオリア・エンバイロメント、仏スエズ、英テムズ・ウォーターがその代表格。
これらの巨大水道事業者は、自治体や法人から水道施設の設計・構築から運転維持管理、代金回収、下水処理までをトータルで受託し収益を上げる。
この水道事業の市場規模は2025年に100兆円とも言われる巨大市場だ。逆浸透膜などの機器市場の規模が1兆円と予想されるのと比べてもケタ違いに大きい(経済産業省:「我が国水ビジネス・水関連技術の国際展開に向けて」、2008年7月)。
民間企業による上下水道事業は、現在世界で約4億人が対象と見られるが、市場の大半をこの3社が占める。水道事業を民営化する国や地域にとって「ウォーターバロン」はトータルソリューションを提供できる総合力が魅力だ。
世界中の57カ国で水道サービスを受託
このウォーターバロンの一角ヴェオリアをクローズアップしてみよう。
ヴェオリアは1853年に設立されたフランス企業だ。創業以来150年以上も積み重ねてきた水道の維持管理のノウハウが強み。
フランスでは1962年と92年に制定された水法によって上下水道は地方自治体が直接または間接的に手がけることになっているが、総人口の実に約8割が委託水道会社から給水を受けており、そのうちの7割がヴェオリア、スエズ、ソールの寡占3社による委託契約になっている。
現在、ヴェオリアは世界中の57カ国で自治体や法人顧客から水道サービスを受託し1億3200万人を超える消費者に飲用水や下水処理サービスを提供している。
2007年の売上高は326億ユーロ(1ユーロ=120円換算で約3.9兆円)で営業利益は24.6億ユーロ(同2952億円)。この中にはエネルギーや廃棄物処理事業も含まれるが、水事業だけでも109億ユーロ(同1.3兆円)と巨大だ(同社Web)。
買収による垂直統合も進めており逆浸透膜などの水処理技術も自前でそろえている。また、最近ではついに日本市場にも参入し2007年度には3件の受注を果たしている。さらに2008年1月、西原環境テクノロジーを子会社化しさらなる日本市場におけるシェア拡大を目論んでいる。
わが国の水道事業
わが国では長いこと官が水道事業を行ってきた歴史があり、ウォーターバロンのような民間企業は存在しないが、強みのある個別要素技術を生かして「オールニッポン」で取り組んでウォーターバロンの牙城を崩そうと、国内プラントメーカーやゼネコン、水処理技術メーカーなど28社が結集して「海外水循環システム協議会」という取り組みがスタートした。事業に応じて特別目的会社を設置し、メンバー各社が連携して市場開拓を目指す。
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もはや“PRESENT” BIG THING
これまで太陽光や風、バイオ燃料のような新エネルギーから各種蓄電技術、電気自動車までお休みを挟みながら連載してきたが、この連載の間にも世界を巡る政治経済情勢はめまぐるしく変化し、総論として筆者が述べてきたNEXT BIG THINGはもはやIMMINENT BIG THINGまたはPRESENT BIG THINGとなっている。
今後は各論解説から視点を変えて、筆者等の実務に照らした直近の動向についてマクロ視点からの説明を試みたいと思う。
(註)本コラムの内容は筆者個人の見解に基づいており、筆者が所属する組織の見解を示すものではありません。
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