先ほど、お参りに行って、稲荷の社も確認した。
大橋・氷川神社
御祭神は?
スサノオ
アマテラス
天神さま
そして、隣にお稲荷さん
Aoyagi YoSuKe
Creator
そして、霊山・英彦山
英彦山には、天照大神の息子である天之忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)が主神として、祖父母神のいざなみのみこと、いざなぎのみことが祀られています。
また、釈迦、弥陀、観音を三仏として、神仏渾然一体化して祭祀してあります。
たしか、英彦山の本殿は国宝になっているはずです。
天照大神の息子である天之忍穂日尊がアマテラスの弟?スサノオの元に行って、大国主になったはず・・・
つまり、
出雲大社が国つ神
伊勢神宮が天つ神
です・・・
そして、おそらく、天之忍穂耳尊の子、つまり、アマテラスの孫が天孫ニニギ・・・
ニニギこそが、天皇家に繋がるミコトです・・・
そうか、狐も金猫の仲間だと思われる・・・
---Wikipedia
神紋(二重亀甲剣花角)

出雲大社(いずもおおやしろ、いずもたいしゃ)は島根県出雲市にある神社である。式内社(名神大)、出雲国一宮で、旧社格は官幣大社。近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社であった。
祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。 古来より「国中第一之霊神」として称えられ、その本殿は「天下無双之大廈」と評された。
縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる(神在祭 旧暦10月11日~17日)。正式名称は「いずもおおやしろ」であるが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれる。
出雲大社の祭神は大国主大神であるが、17世紀以前は祭神が素戔嗚尊[2]であった。それを示す記録が複数存在する。14世紀に「当社大明神は天照大御神之弟、素戔嗚尊也。八又の大蛇を割き、凶徒を射ち国域の太平を築く。」と杵築大社(出雲大社)の由来が記され、寛文6年(1666年)毛利綱広が寄進した銅鳥居に刻まれた銘文には「素戔嗚尊者雲陽大社神也」とある。
さらには、鎌倉時代から神仏習合の影響で天台宗の鰐淵寺と関係が深まり、別当寺も兼ねた鰐淵寺の僧侶が経所で大般若経転読を行い、社殿では読経もした[3]。また、江戸時代初期には社僧が寺社奉行と杵築大社(出雲大社)の運営管理に関する交渉を実施していた。しかしながら、杵築大社(出雲大社)内は仏堂や仏塔が立ち並んで神事が衰微したため、17世紀の寛文年間の遷宮時に出雲国造家が神仏分離・廃仏毀釈を主張して寺社奉行に認められ、寛文4年から寛文5年にかけて仏堂や仏塔は移築・撤去され、経蔵は破却された[3]。併せて祭神は素戔嗚尊から大国主大神に改められた。
---Wikipedia
内宮
伊勢神宮(いせじんぐう)は三重県伊勢市にある神社。神社本庁の本宗(ほんそう)とされ、正式名称は神宮。ほかの神宮と区別する場合には伊勢の神宮と呼ぶ。神階が無く[1]、また明治時代から戦前までの国家神道における近代社格制度で別格とされたため、格付けはされない。
建物は皇大神宮(こうたいじんぐう)と豊受大神宮(とようけだいじんぐう)からなる。通常は皇大神宮を内宮(ないくう)と呼び、豊受大神宮を外宮(げくう)と呼ぶ。内宮は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、外宮は豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祭る。近世江戸時代を除いて、古代から政治的権威と結びつくことが多かった。
広くは、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)を含めた一連の社宮を神宮と総称する。この場合、所在地は伊勢市にとどまらずまたがる。
祭神
内宮(皇大神宮):天照大御神 ご神体:八咫鏡(三種の神器の一つ)
相殿神:天手力男神、万幡豊秋津姫命
外宮(豊受大神宮):豊受大御神
相殿神:御伴神3座
---Wikipedia
楼門

太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)は福岡県太宰府市にある神社。菅原道真を祭神として祀る天満宮の一つ。天神様のお膝元として、初詣の際には九州はもとより全国から毎年200万人以上の参詣者がある。
---Wikipedia
狐

伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は京都市伏見区にある神社である。稲荷神を祀る全国約4万社の稲荷神社の総本宮とされる。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。
式内社(名神大)、二十二社の上七社の一社で、旧社格は官幣大社。
宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を主祭神とし、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神(しのおおかみ)を配祀する。稲荷神が農業の神であるために、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益がある。
毎年初詣の時期は近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める。
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