戦前はどうでも良いが、戦後まで、何らかの活動を行っていたようだ・・・
日中間の懸案事項
1.南京大虐殺
2.731部隊による人体実験
何でもいいが、
歴史認識・教科書問題の決着をつけるべき
過去は変えられない、できる限りの事実認定をするしかないのでは?
中野学校
1945年1月3日に中野学校に入校した第8期生150名のうち
、90%以上は一般大学や高等専門学校の出身者で、東京帝国大学出身者が最も多く、次いで拓殖大学、東京外国語大学、そして早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学などが続いた。一般大学出身者から数多く選抜された理由は、諜報員として幅広く高い学識と冷静な視点が求められていたためである。職業軍人の場合、軍人としての規律や高度な軍事教育は受けているものの、その知識は偏っていることから判断を誤るおそれがあり、態度にも軍人らしい雰囲気を出してしまうため、商社マンや新聞社通信員などの民間人を装って諜報活動を行う際に妨げとなるから避けられたのである。
二俣分校を含む卒業生の総数は2,500余名である(一説に2,
131名とされる)。公式には1945年8月15日の敗戦をもって閉校したが、その一部は以降も国内外で活動を継続していたと見られ、占領軍に対するゲリラ攻撃を計画するなどしていたという。中には身分を偽装してGHQに潜入し内部撹乱を図った者もおり(後の山梨県副知事田中徹雄大尉など)、GHQの対日工作機関キャノン機関の破壊に成功したという説もある。また、インドネシア独立戦争や、インドシナ戦争[1](谷本喜久男少尉など)を始めとする戦後の東南アジアの独立戦争に携わった卒業者も多くいた。
731部隊
満州に拠点をおいて、防疫給水の名のとおり兵士の
感染症予防や、そのための衛生的な給水体制の研究を主任務とすると同時に、
細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発機関でもあった[1]。そのために
人体実験[2][3][4]や実戦テストまで行っていたとする説もある。細菌戦研究機関だったとする論者の中でも、その中核的存在であったとする見方がある一方で、
陸軍軍医学校を中核とし、
登戸研究所等の周辺研究機関をネットワーク化した特殊兵器の研究・開発のための実験・実戦部門の一部であったという見方も存在する。
人体実験 [編集]
生物兵器の開発などの目的のため、本人の同意に基づかない不当な
人体実験も行われていたとする見解がある。
森村誠一『
悪魔の飽食』などの本で、731部隊は捕らえた多くの
朝鮮人、
中国人、
モンゴル人、
アメリカ人、
ロシア人の
スパイや
捕虜等をマルタ(丸太)と呼称し、
生体実験に供したと言われている(ただし、『悪魔の飽食』は、映画の画像を資料として載せていたなど信憑性に批判がでて、内容を改版している)。終戦後に
ソ連・
中国が行なった調査では、犠牲者数は3,000人以上
[14]とされていた。これはハバロフスク戦犯法廷での川島清軍医少将(731部隊第4部長)の証言に基づく数値である。犠牲者の人数についてはもっと少ないとする者もあり、解剖班に関わったとする胡桃沢正邦技手は多くても700-800人とし、別に年に100人程度で総数1000人未満という推定もある
[15]。終戦時には、生存していた40-50人のマルタが証拠隠滅のために殺害されたという
[7]。
こうした非人道的な人体実験が行われていたとする主たる根拠は、元部隊員などの関係者の証言である
[2][3]。その代表的な人物が
陸軍病院の軍医であった
湯浅謙である。湯浅は敗戦後に中国に抑留され、捕虜として2年、戦犯として
撫順戦犯管理所で3年半過ごすことになったが、その後、彼は731部隊の軍医の教育の中で「中国人を生きたまま手術して殺す」という生体解剖を実施していたと主張している
[16]。2007年に、湯浅と同じく元731部隊員で中帰連の
篠塚良雄(
en:Yoshio Shinozuka)は、当時自身が「防免給水部」というところに配属され、細菌を生きている人へ移すという人体実験を行ったことをアメリカ、イギリス、中国などの歴史番組のインタビューで答えた。篠塚は、当時若かった自分の罪を悔やんでいるとして、2007年には中国のハルピンへ行き、遺族や被害者に謝罪をしている
[17]。ただし、
撫順戦犯管理所での「
教育」によって「
大日本帝国による
侵略行為と自己の罪悪行為」を全面的に否定するに至った
中国帰還者連絡会関係者などの証言については、その信憑性を疑問視する見方もある
[18]。
他方、部隊の活動や証言を裏付ける文献資料は余り確認されていない。近年になり米国の公文書が機密解除されたため調査が行われたが、非人道的な実験が行われた記録は発見されていない
[8]。
1947年1月、
東京裁判ソ連側検事の
ヴァシリエフ少将が石井らの身柄の引渡しを要求。ソ連は既に731部隊柄沢(からさわ)班班長であった
柄沢十三夫少佐を尋問し、アメリカが把握していなかった中国での細菌戦と人体実験の事実を聞き出していた。
731部隊が日中戦争中に違法な生物兵器の実戦使用を行ったとし、それにより損害を受けたとする者らが、日本国を相手取って損害賠償請求を求めている。1997年には、中国人180名が、細菌戦の被害者への謝罪と賠償を求めて「731部隊細菌戦裁判」を起こした
[27]。この訴訟の結果は、人体実験等の存否にかかわらず、第二次大戦についての戦争賠償・補償ついては日本と被害各国との間で
条約・
協定等が締結、履行された事により解決し、
国際法上も日本の国家責任については決着していることから、請求棄却判決により原告敗訴となった。その後に提起された同種の訴訟も、全て原告の請求が棄却された。
その後 [編集]
- 第一部(細菌研究/部長:菊池斉、北川正隆)
- 流行性出血熱研究班(班員:所安夫==>東京大学教授・帝京大学教授・熱海所記念病院)
- 第二部(実施研究)
- 第三部(防疫給水)
- 庶務課
- 第一課(検索)
- 第二課(毒物検知/課長:川島三徳)
- 第三課
- 濾水班
- 給水班
- 運輸班
- 工作班(濾水機)
- 濾水機・弾筒製造窯
- 第四部(細菌製造/部長:川島清 軍医少将==>ハバロフスク裁判被告、八街少年院医師)
- 教育部(隊員教育/部長:西俊英 軍医中佐)
- 庶務課
- 教育課
- 衛生兵
- 炊事班
- 診療所
- 錬成隊
- 少年隊
- 資材部(実験用資材)
- 庶務課
- 第一課(薬品合成)
- 第二課(購買補給)
- 第三課(濾水機)
- 第四課(倉庫)
- 第五課(兵器保管)
- 第六課(動物飼育)
- 診療部(付属病院)
- 憲兵室
支部 [編集]
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