
銭ゲバ

デロリンマン

ジョージ秋山こそ、漫画界の鬼才である。
『アシュラ』 - ニートや引き籠りの原点
『銭ゲバ』 - アキバ天国通り魔の原点
『デロリンマン』 - お笑い、悲しいピエロの原点
公式サイト
http://www.george-akiyama.com/
昔から、主張していることです。漫画本の効用です。
とくに、子供のころや、若いころなどは有用だと思う。
僕は、35歳くらいで、漫画から足を洗いました。それまでは、よく、読んでいました。
本 - 漫画本 - 映像
本は文字情報が主体。想像力が物をいいます。
逆に、映像は、百聞は一見に如かず・・・
本と映像の架け橋になるのが、漫画本だと考えています。
---Wikipedia
ジョージ 秋山(ジョージ あきやま、1943年4月27日 - )は、栃木県足利市出身の漫画家。本名は、秋山 勇二(あきやま ゆうじ)。男性。
経歴・人物
漫画家を目指して上京し、森田拳次に師事。アシスタントをしつつ貸本などに作品を発表し、1966年に『別冊少年マガジン』に掲載された『ガイコツくん』でメジャーデビュー。ペーソスあふれるギャグを得意とした。1970年に『アシュラ』『銭ゲバ』を発表し、露悪的ともいえる描写で人間の善悪やモラルを問い、読者に衝撃を与えた。
『アシュラ』第1話には飢餓から人肉を食べ、我が子までをも食べようとする女の描写がある。これを掲載した1970年8月2日号の『週刊少年マガジン』は一部地域で有害図書指定され、作者秋山にも取材が殺到し、一躍時の人になる。その絶頂期、1971年11号の『週刊少年サンデー』にて『告白』を連載開始した。人を殺した過去があるという告白を掲載した翌週には先週の告白は嘘であると書くという行為を繰り返して虚実ない交ぜの過去をつづった後に、数多く持っていた連載を全て終了させ、6月より日本一周の放浪の旅に出る。
3ヶ月後、1971年34号の『週刊少年ジャンプ』にて『ばらの坂道』で復帰。以後は青年誌にも活動の場を広げ、1973年からは『ビッグコミックオリジナル』に現在まで続く『浮浪雲』の連載を開始。同作品は幅広い支持を得る大ヒット作となり、1977年度の花園大学の入試問題にも使われた。
第24回(昭和53年度)小学館漫画賞青年一般部門受賞(『浮浪雲』)。
壮年に入ってからは作品内でより哲学的な内容を問いかけ、『ビッグゴールド』に連載された『博愛の人』『捨てがたき人々』は同誌の白眉として支持する人も多い。特に近年では、本名の秋山勇二で作品を執筆した。さらに、『マンガ中国入門 やっかいな隣人の研究』(飛鳥新社より刊行)を皮切りに国際問題や社会問題を作品のモチーフにするようになっている。ギャグの大半を封印したにもかかわらず、深層心理に問いかける作品が多く、「人間の善悪やモラルを問い正す」というデビュー当時からの方向性は漫画家活動40周年を迎えても尚、変わっていない。
聖書の漫画化を手がけたことで、その存在をさらに印象付けた。この漫画版聖書は幻冬舎より発行されている。
彼の原作のドラマ『銭ゲバ』では、へのへのもへじの絵を描いた。
ペンネームの由来は自分の名前をロックンローラー風にしたかったとのこと。また、漫画は嫌い、漫画を読むと馬鹿になると述べたことがある。
代表作
パットマンX(1967年 - 1968年、週刊少年マガジン、全5巻) 第9回講談社児童まんが賞受賞
デロリンマン(1969年 - 1970年、週刊少年ジャンプ、全2巻、リメイクの後に単行本化されたため、単行本では「元祖デロリンマン」と改題)
ほらふきドンドン(1969年 - 1970年、週刊少年マガジン、全5巻)
アシュラ(1970年 - 1971年、週刊少年マガジン、全3巻)
銭ゲバ(1970年 - 1971年、週刊少年サンデー、全5巻)
告白(1971年、週刊少年サンデー、全1巻)
ばらの坂道(1971年 - 1972年、週刊少年ジャンプ、全3巻)
ザ・ムーン(1972年 - 1973年、週刊少年サンデー、全4巻)
浮浪雲(1973年 - 、ビッグコミックオリジナル連載中、既刊88巻)
花のよたろう(1974年 - 1979年、週刊少年チャンピオン、全15巻)
デロリンマン(1975年 - 1976年、週刊少年マガジン、全3巻、旧作のリメイクだが終盤の展開が大きく異なる、詳しくは同項参照)
ぼんくら同心(1976年 - 1977年、週刊少年マガジン、全4巻)
ギャラ(1979年 - 1981年、少年キング、全8巻)
ピンクのカーテン(1980年 - 1984年、週刊漫画ゴラク、Part1:全15巻、Part2:全6巻)
シャカの息子(1981年、週刊少年ジャンプ、全2巻)
超人晴子(1982年 - 1984年、モーニング、全3巻)
海人ゴンズイ(1984年、週刊少年ジャンプ、全1巻)
恋子の毎日(1985年 - 1992年、漫画アクション、全32巻)
くどき屋ジョー(1986年 - 1987年、ビッグコミックスペリオール、全4巻)
ラブリン・モンロー(1989年 - 1993年、週刊ヤングマガジン、全13巻)
女形気三郎(1993年 - 2002年頃、ビッグコミックオリジナル増刊、全7巻)
博愛の人(1993年 - 1996年、ビッグゴールド、全8巻)
ドブゲロサマ(1995年 - 1996年、月刊少年ガンガン、全1巻)
捨てがたき人々(1996年 - 1999年、ビッグゴールド、全5巻)
弘法大師空海(1997年、MANGAオールマン、全6巻)
生きなさいキキ(2001年 - 2002年、漫画サンデー、全4巻)
WHO are YOU(2002年、ビッグコミックオリジナル増刊、全1巻。雑誌掲載時は秋山勇二名義)
マンガ中国入門 やっかいな隣人の研究(2005年、飛鳥新社)
師匠
森田拳次
アシスタント
てらお太平葉 - 1970年から2003年にかけてアシスタントを務める。現在、イラスト、挿絵、児童画などを制作。東京練馬区で活動、2年に一度個展を開く。
イエス小池 - 1978年から30年にわたってアシスタントを務める。その人生をつづったブログが評判になり、2008年にブログの単行本化、『漫画家アシスタント物語』を刊行。 同年、91年に発表した『覇王の船』を加筆訂正し、『劇画 蟹工船 覇王の船』(宝島社)として文庫化。
ツカサ久賀 - 1978年までアシスタントを務めた。辞めた後1978年に「ブルーなあいつ」、1979年に続編の「マイラブサニー」を週刊少年キングで連載した。いずれも1クールの短期連載に終わった。『漫画家アシスタント物語』によるとその後一時漫画家をやめたものの再開し1984~1986年に別冊漫画ゴラクで「親不孝通り」を連載した。その後漫画家をやめたようである。単行本は「親不孝通り」の単行本が日本文芸社より2巻分出ている。
外部リンク
ジョージ秋山公式webサイト
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