エンジェルが光なら、貧乏エンジェルは影である・・・
光も影も光である・・・
12/09/2009
能の世界
光も陰も、光である。
能の世界とは、陰影を観ることである。
光も陰もない世界を闇と呼ぶ・・・
【陰・影・蔭・翳】かげ
1.日・月・灯火などの光。
2.光によって、その物のほかにできる、その物の姿。
3.物の姿
4.物の後の、暗いまたは隠れた所。
5.二匁取りの下級女郎。二寸。
光も影も光である - 観阿弥・世阿弥
最後は、止水鏡明
鏡よ、鏡よ、鏡さん・・・
あなたは、だあれ? - Dr.鏡
4/13/2010
仏教(ヒンドゥ)とジャー(ドラゴン)とコスモス(サイエンス)
地球から太陽までの距離 : 地球から月までの距離 ≒ 400:1太陽の大きさ(半径または直径) : 月の大きさ(半径または直径) ≒ 400:1 このため、地球から見た太陽と月の見かけの大きさはほとんど同じになります。よって、月が太陽をかくす日食が起こることがあります。日食と月食太陽-月-地球が一直線上にならんだときに日食が起こります。※皆既日食の起こる地域では月と太陽の見かけの大きさが同じため太陽は月にかくされて見えなくなります。太陽-地球-月が一直線上にならんだときに月食が起こります。※月は地球のカゲになってしまいます。実際は地球の公転面に対して月の公転面は約5°かたむいているので、新月や満月のたびに日食や月食が起こるわけではありません。
地震多発・・・
太平洋プレートなどのローカルな地震ではなくて、環太平洋全体が揺れているのでは?
もしかして、須弥山とは、太平洋のど真ん中にある、海の中の火山だったりして・・・
---Wikipedia
須弥山(しゅみせん、本来の名称は須彌山、サンスクリットSumeru、スメール山)とは古代インド(バラモン教、仏教、ジャイナ教等)の世界観の中で中心にそびえる山である。仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金の山と鉄囲山(てっちさん、Cakravāda)があり、その間に八つの海がある。これを九山八海という。
「須弥」とは漢字による音訳で意訳は「妙高」という。
仏教における須弥山世界観
須弥山の概念図
『倶舎論』によれば、風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最上面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際(こんりんざい)という。なお、このことが俗に転じて物事の最後の最後までを表して金輪際と言うようになった。
我々が住むのは海水をたたえた金輪に浮かぶ贍部洲(閻浮提、Jambūdvīpa)であり、須弥山中腹には日天と月天がまわっている。須弥山の高さは八万由旬(yojana)といわれ、中腹に四大王天がおり四洲を守る。さらにその上の山頂の忉利(とうり)天には帝釈天が住むという。須弥山の頂上に善見城がありインドラ(帝釈天)が住んでいる。
須弥山には甘露の雨という雨が降っておりそれによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。
なお、シュメールと須弥山(Sumeru)とアンシャルにはそれぞれ類似性が指摘されている(詳しくは阿修羅の項目を参照)
須弥山に例えられる物
カイラス山はチベット仏教で須弥山と同一視され、周囲の山々を菩薩に見立てた天然の曼荼羅とみなし、聖地とする。
日本庭園の須弥山形式 - 中央に突出する岩を須弥山に例える石組。
関連項目
三界
十界(天台宗の場合)
六道
六欲天
天部
兜率天
とう利天(本来の表記は「忉利天」)
四天王
シャチー
桃源郷、シャングリラ => ドラゴンシステム
楽園、パラダイス => キリスト教
不可思議世界、カルディ => イスラム世界
0 件のコメント:
コメントを投稿