グーグル、無限への挑戦
目指すは次世代コンピューティングの支配者
キーワード:クラウド、無限、増殖、虫、仮想研究所、クリストフ・ビシグリア
壮大な発想力から生まれたグーグル・クラウド
「グーグルで成功するためには、ものすごく大きなスケールで働く、というか構想しなきゃならないんだ」。ビシグリア氏は面接相手の学生にそう説明する。地球規模で張り巡らされているグーグルのコンピューターネットワークについての解説も振るっている。
「そう、このネットワークが一瞬で検索の答えを返してくるわけだけど、その答えや情報を探し出すまでにはとんでもない量のデータを、とんでもない速さで処理しなきゃならない。そのためのハードウエアの全部がここにあるわけないってことは分かるよね。地球上のどこかにある、でっかい冷却装置を抱えたデータセンターで、ブ~ンって音を立てながら猛烈な勢いで計算してるんだ。グーグルではその全体を“クラウド(雲)”って呼んでいるんだけど、グーグルでプログラムを組む時に考えなくちゃいけないのは、このクラウドを最大限に使いこなすことさ。少ない数のコンピューターではとても不可能なことを可能にしてやることなんだ」
新入社員がグーグルの発想のスケールに慣れるまでに数カ月はかかるという。「ある日、誰かが、数千台のコンピューターを一斉にぶん回すような“ヤバイ”仕事を考えつく。すると“ヤツは分かってきたみたいだな”ということになる」(ビシグリア氏)。
大学に入門講座「グーグル101」を開講
新入社員に必要なのは高度なトレーニングだ――。そう悟ったビシグリア氏は昨年秋、会議の合間にエリック・E・シュミットCEO(最高経営責任者)をつかまえて、こんな提案をした。
グーグル社員が個人のプロジェクトのために自由に使える就業時間の2割を割いて、大学に講座を開設したい。母校である米ワシントン大学の学生にクラウドスケールのプログラミングを教えるのだ。人呼んで「グーグル101」。(NBO編集部注:101とは大学の基礎レベル講座のこと)
シュミット氏はその提案を認め、その後数カ月の間にグーグル101は目覚ましい発展を遂げた。ついには米IBM(IBM)との一大共同プロジェクトとなった。今年10月、世界中の大学をつなぎ、“グーグル・クラウド”のような大規模分散型コンピューティングシステムを構築する計画を発表したのである。
この考えが拡大すれば、IT(情報技術)業界におけるグーグルの位置づけは検索、メディア、広告の大手企業という枠を飛び越えて、科学研究の領域にまで踏み込むことになる。もちろん、新たな事業領域につながっていくだろう。いつの日か、グーグルそのものが“世界の基幹コンピューター”と呼ばれることになるかもしれない。
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成長と再生、進化を続けるスーパーコンピューター
グーグルのクラウドとは何か。それは何十万あるいは百万台規模の低価格サーバーで構成されたネットワークだ。一つひとつのサーバーは家庭用パソコンと能力的に大差がない。だが全体として機能すると、ウェブサイトのコピーを含めて膨大なデータを蓄えることができる。それによって検索速度が上がり、何十億もの検索に対して瞬時に結果を返すことができるようになるのだ。
これまでのスーパーコンピューターと異なり、グーグルのシステムは決して時代遅れにならない。普通のコンピューターは3年ほどで役に立たなくなり、最新の高速コンピューターに丸ごと取り替えられる。つまり、クラウドはまるで生物のように成長するにつれて組織を再生していくのだ。
クラウドコンピューティングが主流になれば、情報処理の方法は激変することになる。1世紀前の電力革命によって、農場や企業は自家用発電機を取り払って電力会社から電力を買うという効率的な方法を取るようになった。これと同じようなことがコンピューターの世界でも起こる。
グーグル幹部はずっと以前からこの変化を見据えて準備をしてきた。グーグルのコンピューターを中核とするクラウドコンピューティングの考え方は、10年前に創業者セルゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏が掲げた“世界中の情報をすべての人に”という企業理念そのものである。ビシグリア氏の提案は、理想の未来への架け橋となる。
「口には出さなかっただけで、彼の頭の中にはそういう考えがあったんだろう。まさか、コンピューティングの概念を覆そうとしていたとは思わなかった。とんでもなく高い目標を掲げたものだ」と言ってシュミット氏は喜ぶ。
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グーグル・クラウドの規模は「無限」
「クラウドの能力を最大限に生かすには、インターネットのようにプログラミングや操作が簡単でなくてはならない。つまり、クラウド内の検索や各種のソフトウエアツールが新しい市場となる。まさにグーグルなどが最も得意とするところだ」とアナリストは見ている。
シュミット氏は、グーグルの自前設備をどれぐらい割り当てるのか、どのような条件と料金で提供するのかについては明言を避けているが、「原則的に無料で始めるが、ヘビーユーザーにはある程度のコスト負担を求めることになるだろう」という考え方を示している。ただし、その規模について尋ねると、「無限だ」という即答が返ってきた。
こうした計画が見えてくるにつれて、グーグルの狙いは次世代コンピューティングの支配者として君臨することだということが分かる。「グーグルが目指しているのは、クラウドの大部分、言い換えれば、人々が日常的に利用するクラウドを提供することだ」とシュミット氏は語る。
収益モデルはどのように変わっていくのだろうか。当面は、がっぽり稼いでくれる広告収益が中核事業のままだ。クラウド計画への投資はわずかであり、ぼんやりと遠くに浮かんでいるといったところ。可能性に輝いているが、全体像はまだ見えていない。
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ユニークだが優等生ではなかった少年時代
母親のブレンダさんによれば、ビシグリア氏は小さい頃から少し変わっていた。2歳まで言葉が出ず、初めて話したのは単語ではなく文だった。例えば、ワシントン州ギグハーバーの自宅周辺をドライブ中に窓から虫が入ってきた時のことだ。後部座席に座っていたクリストフ坊やはこう言った。「ママ、僕の口に何か“異物”が入ってるよ」。
学校では、旺盛な学習意欲から先生を質問攻めにして嫌がられた。満足のいく答えを得られず苦しむ息子を見かねた両親は学校を辞めさせ、3年間自宅で教育した。ビシグリア氏は当時を振り返り、「学校の友達に会えないのは寂しかったが、おかげで起業家精神が培われた」と言う。
少年時代には、大好きなアイスランド馬を育てる仕事を始めた。父親のジムさんは、息子と車でカナダのマニトバ州へ行き、どうやって家まで運ぶか深く考えずに馬を買った時のことを思い出す。「まるでチェビー・チェイス主演のコメディ映画みたいな旅だった」。
クリストフ少年は馬の販売や父親の豪華クルーズ事業のためのホームページを作成しながら、コンピューターの知識を身につけた。動物の飼育よりもコンピューター関連の仕事の方が未来は明るいと思うようになり、ワシントン大学に進学した。大学では数学、物理学、コンピューターの講義をできるだけ多く取った。
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ウェブなんて取るに足らないちっぽけなもの
シュミット氏はデータセンターを、高価すぎてなかなか買えない「サイクロトロン」という粒子加速器によく例える。
「物理学で使うサイクロトロンは世界で数台しかない。1台1台がとても貴重だ。超一流の物理学者として実績を残したいなら、サイクロトロンがある研究所に籍を置かなければならない。歴史的な大発明はそんな研究所で起こるのだ。では、サイクロトロンを多数の小さいコンピューターで構成される“スーパーコンピューター”に置き換えて考えてみてほしい。グーグルは、科学研究のために誰もが使いたがる世界で最も魅力的なスーパーコンピューターを持っていることになるじゃないか」
ビジネスや科学で扱うデータの量が膨大になるにつれ、コンピューターの処理能力は戦略的な資源であり、貴重な資産になってくる。「ある意味、世界にはコンピューターが5台しかない」と、ヤフーの研究部門を率いるプラバーカー・ラガバン氏は言う。彼が挙げるのは、グーグル、ヤフー、マイクロソフト、IBM、アマゾン――。この5社が処理するデータ量と能力は群を抜いている。
今後、多種多様なビジネスモデルが誕生するだろう。グーグルやそのライバル企業は、顧客企業と協力して事業を展開することもできる。例えば顧客企業が所有するデータにアクセスさせてもらう代わりに、スーパーコンピューター並みの処理能力を提供するというような具合だ。
長年温めてきたプロジェクトの協力者を募り、クラウドの活用によって解決策を探るということもあり得る。11月にグーグルが発表したクリーンエネルギー事業への参入もそんなプロジェクトの1例だ。巨大なデータセンターを維持するためには電気代が1年で2000万ドル以上もかかる(業界アナリストのデータより)。グーグルは、人員とサーバーの容量を提供し、革新的な代替エネルギーを追求していく。
研究用のクラウドとはどのようなものになるのだろうか。マイクロソフトの外部研究担当副社長のトニー・ヘイ氏によれば、それは巨大な仮想研究所のようなものだという。
“新時代の司書”とでも呼ぶべきプログラム(人間の場合もある)がデータを完璧に管理し、必要なデータをすぐに探し出し、利用資格のある研究者に提供してくれる。アクセス権限に応じて、研究者は新しいツールを構築したり、データを呼び出して世界各地に散らばっている同僚とデータを共有する。この新手の研究所では「他人が集めたデータを解析することでノーベル賞を受賞する人が出るかもしれない」(ヘイ氏)。
IBMアルマデン研究所(カリフォルニア州)を率いるマーク・ディーン氏は、ビジネスと科学が融合することで、数年のうちに想像を絶する巨大なクラウドコンピューティングのネットワークができるだろうと予想する。「これに比べれば、ウェブなど取るに足りないほど小さい。いつか笑い話になる日が来るだろう」。その“ちっぽけな”ウェブからでさえグーグル帝国が誕生した。巨大なクラウドにはどれほどの可能性が秘められているかは想像もできない。
米国の次は中国の大学へ展開
11月半ばのグーグルプレックス――。時差ぼけ気味のビシグリア氏は会議室にいた。グーグル101を大学に紹介するための中国出張から帰国したばかりだ。ビシグリア氏は毎日多忙を極めている。IBMと大学用クラウドを設計しただけでなく、6大学(ワシントン大学、カリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学、カーネギーメロン大学、メリーランド大学)とその導入について取り決めるため奔走していたのである。
会議室にはカメラクルーが待機していた。テーブルの上はケーブルや照明の山だ。クラウドコンピューティング教育の宣伝用ビデオの撮影があるのだ。そのうち動画共有サイト「YouTube(ユーチューブ)」(GOOG)で公開する予定だ。
エリック・シュミット氏が入ってきた。52歳、ビシグリア氏の倍近い年齢だ。ひょろひょろした部下の隣では、多少肉づきが良く見える。ビシグリア氏がシュミット氏をカメラの向かいの椅子に案内し、説明を始めた。まずインタビューの音声を録り、後でシュミット氏の顔の単独ショットを撮る予定だった。
「別録りです」とビシグリア氏が言うと、シュミット氏はうなずいて座ったが、少し考えてからカメラマンにこう指示した。「やっぱりインタビューの様子を丸ごと撮影してくれ。私の単独ショットはやめよう」。多忙な2人には、別録りをしている暇などないのである。
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