「普及元年」を迎えた電子書籍をめぐり、印刷最大手の
大日本印刷が、したたかに主導権を狙っている。長年のライバルである
凸版印刷と手を結び、業界団体を設立。10月には国内最大の
「電子書店」を立ち上げ、NTTドコモとも配信サービスで提携した。電子書籍は本業の印刷の“仇(きゅう)敵(てき)”だが、出版社とのネットワークで蓄積してきた大量の書籍のデジタルデータを武器に「
裏方」から表舞台に躍り出る。
歴史的“同盟”
「日本特有の出版文化を守りたい」
先月27日に東京・九段で開かれた電子書籍の業界団体「
電子出版制作・流通協議会」の設立会見。会長に就いた
大日本印刷の高波光一副社長は、会場に入りきれないほどの報道陣を前に、その意義を強調した。
団体の発起人は、大日本と凸版の業界2強。印刷だけでなく、
液晶テレビ向けカラーフィルターなどあらゆる分野でしのぎを削ってきた両社が同盟を結ぶのは、「100年以上の歴史でおそらく初めて」(大日本)という偉業だ。
団体は、どの端末でも読めるようにする規格統一が目的で、パナソニックや東芝などの端末メーカーのほか、通信会社や大手書店など131社・団体が名を連ねる。
そのわずか1週間後の8月3日。高波副社長の姿は東京・六本木にあった。ドコモの端末向け配信サービスでの提携を発表。「業界トップの両社の提携で、他社にないサービスが実現できる」と、高波副社長は気勢を上げた。
一方で、約10万点の電子書籍をそろえた独自の配信サービスの準備も着々と進めている。ドコモだけでなく、米アップルの多機能端末「
iPad(アイパッド)」などあらゆる端末に対応し、
全方位のビジネスを展開する。
ピンチをチャンスに
「電子書籍で
キーマンとなるのは、間違いなく大日本」。大手出版社の幹部はこう断言する。
印刷が必要のない電子書籍の普及は、まさに存亡の危機。だが、そのピンチをチャンスに変える秘密兵器も握っている。印刷で使う書籍のデジタルデータだ。
「印刷は30年も前からデジタル化されている」と、高波副社長。その大量のデータは、電子書籍にも利用できる。
印刷会社は長年、出版社と
二人三脚で書籍の出版業務を手がけてきた。その信頼関係から、赤字などの校正を済ませた
最終的なデータは印刷会社に保管されるケースが多いという。大手出版社の幹部は「国内の出版物のデジタルデータの何割かを、大手印刷会社が所有している」と明かす。
群雄割拠する電子書籍端末の勝敗は、やはりどれだけたくさんのコンテンツを用意できるかに左右される。本来なら版権を持つ出版社が
キーマンとなるが、データの管理や利用のノウハウでは印刷会社に優位性がある。
「出版社と個別に交渉するより、出版社を知り尽くしている印刷会社と手を組む方がはるかに効率的」(大手電機の担当者)というのが、共通認識になっている。
大日本では、中小出版社のために、電子書籍の制作サービスや著作権管理の支援にも乗り出し、出版業界への影響力をさらに強める考えだ。
電子書籍事業では、平成27年度に売上高500億円を目標に掲げる。「電子書籍サービスは、どんどん進化させられる」(同社幹部)と自信満々だ。
紙の書籍も再生
活字離れで衰退が懸念される紙の書籍ビジネスでも、大日本は着実に手を打ってきた。
19年の丸善を皮切りに、図書館流通センター、ジュンク堂の大手書店を次々に買収。来年2月には3社を統合し経営基盤を強化する。出版社の
主婦の友社も傘下に収めており、
印刷から出版、販売までの一貫体制に基づいた新たなビジネスモデルの構築を目指している。
さらに昨年、出版社や書店の天敵で出版不況の一因といわれる中古本販売の
ブックオフコーポレーションに対し、講談社など出版大手3社とともに出資した。狙いは
「業界秩序の改善」(関係者)だ。
「裏方の黒子に徹し、表舞台で目立つことはなかった」(業界関係者)という印刷会社。しかし、5月のアイパッドの発売で一気に電子書籍市場が盛り上がり、業界が大転換期に直面する中、大日本は
「紙と電子のどちらにも強いハイブリッド戦略」で、その存在感を増している。(森川潤)
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