昨日(14日)まで英国で開催されていた、注目のG20財務相・中央銀行総裁会議が、ひとまず閉幕しました。
会議の共同声明としては、「ヘッジファンドへの登録制導入」など、金融危機再発防止のための規制強化を打ち出したことは一定の前進を見せたようにも感じられます。
しかしながら、「ヘッジファンドに銀行同様、自己資本比率規制をかけるか」などの各論では、米欧の意見は隔たったままでした。
「銀行の自己資本比率規制強化」に関しては、国内での貸し渋りを誘発することにもなり、日本を含む数国が懸念して、参加国全体の利害が交錯しているようです。
「規制の話ばかりやると、信用収縮を助長し、デフレ的な影響が出る」
「景気刺激のための財政出動を、GDP比2%レベルで各国足並みを揃えよう」
- これは、今回金融危機の「戦犯」である米国の主張であり、日本も概ね同調している議論です。
これに対し欧州は -
「銀行の自己資本比率規制強化」
「ヘッジファンドの登録制」
「金融機関役員の報酬制限」
- などを、特にサルコジ仏大統領やメルケル独首相が、強く主張しているようです。
欧州提案に対し、公的資金でウォール街の金融機関が相次いで救済される中、米国オバマ政権は「ヘッジファンドの登録制」や「金融機関役員の報酬制限」などは容認しました。
しかしながら、「自己資本規制導入」など、ヘッジファンドなどの投資活動を制限し、国際金融市場での覇権の喪失や米国への資金流入に打撃となりかねない動きに対しては、やはり徹底して封じ込める構えのようです。
このように、全体的には金融規制を巡る論議が各論に入れば入るほど、各国間の意見調整が難航する様相を呈している模様です。
ところで、このような議論は、以前であれば「G8サミット」ということで日米英仏加西伊露だけの議論でしたが、「G20」ということで、重要なのはBRICsに代表される新興国の同調有無です。
特に、新興国の中で相当の存在感を示しているのが、インドネシアのスリ・ムルヤニ財務相です。
スリ財務相は、1962年インドネシアのスマトラ島ランプン州タンジュンカラン出身の女性閣僚で、2004年に現在のユドヨノ政権が発足した際に国家経済開発庁(BAPPENAS)長官に抜擢されたエコノミストです。
ちなみに、華人でなく100%純粋インドネシア人のようです。
米国イリノイ大学で経済学の博士号を取得したインテリで、以前はIMFエコノミストとして東南アジア地域12カ国を統括するExecutive Directorのポジションや、米国の援助機関であるUSAIDでインドネシアの地方分権問題コンサルタントなどを、30代後半~40代前半で務めていた強者です。「世界のパワフル・ウーマン」ランキングでも、昨年は23位にランクされています。
今回のG20でも、スリ財務相はその「パワフルぶり」を発揮しているようで、ロイターが現時点で報道している彼女のコメントを以下に引用してみます -
"There should be general principles on fiscal stimulus (in the G20 communique), for example guidance on the appropriate size to GDP and modalities; guiding principles on what would be the most effective stimulus and that these measures should not be combined with protectionist policies,"
(財政支出には一定の原則があるべきで、例えば、GDPに対する適切な比率や最も効果的な刺激策などのモダリティーなどだが、これらの施策は保護主義政策とは一線を画すべきである)
"There will not be explicit stimulus targets because each country is sovereign...Each country has its own capacity, depending on its fiscal space and access to financing."
(明白な刺激策目標値を共通設定すべきではない、なぜなら各国は独立しており、それぞれの国にはそれぞれの許容量があり、それは財政的な許容量と金融へのアクセスに依存している)
"Financing is so expensive that it would be unreasonable (to raise international capital) unless there is a mechanism to provide support for financing. So there is a need to establish a global expenditure support fund."
(金融をサポートするメカニズムがない限り、国際資本を育てることにはコストがかかり無分別だ。だから、グローバルな消費支援ファンドを設立する必要性がある)
- これは、今回のG20会議で彼女がロイターのインタビューに答えたものです。
これらの発言で、何が彼女のプレゼンスを高めているかと言うと、①世界でじわり進行しつつある「保護主義」へ明確に警笛を鳴らしている、②米国が提唱している「GDPに対する景気刺激策の目標数値化」に迎合していない、③「グローバル消費支出ファンド」設立を昨年11月から提唱している - という3点です。
まだ今年47歳という若さながら、そして米国仕込みの女性エリート・エコノミストでありながら、いつも強気で米国にも決して迎合しない、この凛とした強さが国内外で人気を上げ続けています。インドネシアの歴史上でも稀な、超優秀エコノミストであると言えます。
そんな彼女ですが、政治家ではなく民間人からの閣僚登用であることから、今年のインドネシア「選挙イヤー」において台風の目になるかもしれないことが、一部のインドネシア政治通の間で囁かれています。
先日、日本国内でもインドネシア政治研究の第一人者である本名純・立命館大学准教授にお会いした際に -
「スリ・ムルヤニが大統領候補になることはありますか?」と尋ねたところ -
「大統領は現職(ユドヨノ)でかたいでしょうが、ユドヨノの所属政党である民主党が25%以上の支持率を獲得した場合、副大統領候補としてスリ・ムルヤニを担ぐ可能性は大いにありますね」
- と期待通りのお答えが返ってきました。
これは裏を返せば、現職の副大統領であるユスフ・カラが所属政党(最大与党のゴルカル党)からユドヨノへ対抗して大統領候補として出馬することが濃厚である状況から、民主党の台頭次第ではユドヨノがG20はじめ国際舞台で評価が高く、いままで特定政党に属さないでクリーンで強く経済に滅法強いイメージがあるスリ・ムルヤニを担いで「政治にも経済にも強い最強コンビ」で選挙を戦おうという可能性がある、という見通しです。
このように、スリ財務相のG20での高いプレゼンスが、今後のインドネシア大統領選挙のみならず、世界の新興国全体のプレゼンスや、引いては東南アジア地域におけるインドネシアのポジション、そして米国や日本などのG8先進国との駆け引きなど、大きなパワーバランスに影響を与える気配がひしひしと伝わってきます。それほど、彼女は「稀有でパワフル」なのです。
( tknaito 研究主幹 ) Copyright © tknaito 1999-2009
APO Productivity Databook 2009に関心を寄せるスリ経済担当調整相兼財務相 |
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